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海外ドラマおすすめコラム vol.56 『ラ・ラ・ランド』の振付師、マンディ・ムーアによるストーリーを伝えるダンスの魅力「ゾーイの超イケてるプレイリスト」

mk_Zoeys-Extraordinary-Playlist_yr1_#1(1-1)_NUP_186476_0058.jpg 「ゾーイの超イケてるプレイリスト」の大きな魅力の一つは、よく知る楽曲のアレンジに乗せてキャスト自身が歌って踊る、本格的なミュージカルシーンの素晴らしさ! 本稿ではミュージカルの要素の一つであるダンスと振り付けに注目し、いかにこの作品にとって重要な位置をしめているのかを解説していきたい。

 印象的な振り付けを手がけているのは、『ラ・ラ・ランド』の冒頭の高速道路のナンバーほか数々の名シーンを生んだ振付師でダンサーのマンディ・ムーア。本作で2020年のプライムタイム・クリエイティブ・アート・エミー賞スクリプテッド作品部門の振付賞を受賞したムーアは、リアリティ・コンペティション番組「アメリカン・ダンス・アイドル」や「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」などでもおなじみ。「glee/グリー」や「モダン・ファミリー」のほか、セリーヌ・ディオンなどのステージショーにも携わっている。2017年にはゴールデングローブ賞、アカデミー賞、グラミー賞、エミー賞の全ての授賞式のために振り付けたことで記録を作った。

 などと経歴を語らずとも「ゾーイの超イケてるプレイリスト」の第1話で、ゾーイが初めて他人の心の声をミュージカルとして知る能力を得て「Help!」を歌い踊るシーンで、ぐっと心をつかまれた人も多いのではないだろうか。大空の下、交差点でフラッシュモブのように大勢の見知らぬ人々がゾーイとともに躍るミュージカルシーンは、胸がすくような爽快感がある。全体としてキャストの歌唱力ももちろんなのだが、いわゆるブロードウェイスタイルを思わせることも多いダンスナンバーは、何度もリピートしたくなる本格派。歌がメインのナンバーでも、身体を大きく使って感情を伝える振付けも特徴的で、これぞミュージカル! という感じでテンションが上がる。

 観ていればわかるがミュージカルシーンはカットが少ない。会社内や見知らぬ人々を巻き込んでの群舞では、一連の流れや全体像がわかるようにステディカムを用いて、ミュージックビデオのように見えることを避けている。一方で振り付けの流れに沿ってパフォーマンスを捉えるカメラワークは巧みで、ライブ感覚のダイナミックさと臨場感を味わうことができる(ちなみに歌は事前の録音とライブパフォーマンスが混ざっているそう)。ムーアは振り付けるだけでなく、現場では俳優やスタッフらと密接に関わりながら、カメラワークも含めてクリエイティブな面に協力して質の高いミュージカルシーンを作り上げている。そのためダンスの良さを、小さな画面上で最大限に生かすことが可能となっているのだ。(*1)

 実際にムーアはプロデューサーとして、本作の創作においてコアな部分を担っている。ストーリー開発の早い段階から企画・製作総指揮でショウランナーのオースティン・ウィンズバーグらクリエイター陣と密に関わり、各回で使われる楽曲ごとにウィンズバーグが曲を通して伝えたいことを掘り下げていき、そのシーンでのメッセージを伝えるためにダンスを考案するのだという(*2)。ストーリーテリングの手段としてダンスが使われている点が、本作をユニークなものにしている理由の一つと言えるだろう。このゾーイが見ている世界をミュージカルとして言語化するムーアの役割は、本作の肝と言えるかもしれない。ちなみにウィンズバーグはNBCの名物企画のライブミュージカル番組「サウンド・オブ・ミュージック」や、ザッカリー・リーヴァイ主演のブロードウェイミュージカル『ファースト・デート』などを手がけている。筆者は後者を観劇したことがあるが、軽いノリだがしっかりとダンスナンバーが楽しめる作りは、今思えば「ゾーイの超イケてるプレイリスト」の作風にとてもよく似ている。

 さて、本作の振り付け、身体的な動きの重要性を端的に表しているのが、ウィンズバーグたっての希望だったという第9話「無音のプレイリスト」のアメリカ手話で行われるパフォーマンスだろう。ゾーイの父親の介護者の聴覚障害者の娘アビゲイルが、過保護な父親に反発して怒りをぶつけるダンスナンバー「Fight Song」は、歌も字幕もない。それでもアビゲイルの気持ち、言いたいことは痛いほど伝わってきて感情を揺さぶられる。改めてコミュニケーションとは何か、その多様性を問う演出の意図、メッセージ性は、ゾーイの難病でコミュニケーションが困難になった父親像は自らの父親に基づくというウィンズバーグの強い思い入れを感じさせる。アビゲイル役のサンドラ・メイ・フランクは聴覚障害のある俳優で、アメリカ手話で上演するミュージカルでブロードウェイでも活躍している。


 このように丁寧に作り上げられた本作のミュージカルナンバーについて語り始めたらキリがないが、シーズン1で注目したいのは第8話「故障したプレイリスト」。才能あるゾーイ役のジェーン・レヴィが、普通なら共演者らと複数の楽曲を分担するところを、このエピソードの6つのナンバーの全てをパフォーマンスするという驚異的な試みを見事に成し遂げているのだ。作り手の要求のハードルの高さにも驚くが、それに応えるレヴィの才能おそるべし! シリーズを通して工夫を凝らしたカメラワークにも注目しつつ、感情豊かで個性的かつ躍動感あふれるレヴィを筆頭に、喜びも悲しみも全身で伝えるキャストのパフォーマンスとともにミュージカルの醍醐味を思う存分楽しみたい。

参考資料
*1  https://screenrant.com/zoeys-extraordinary-playlist-behind-scenes-facts-trivia/
*2  https://www.hollywoodreporter.com/live-feed/zoeys-extraordinary-playlist-choreographer-ep-mandy-moore-asl-dance-1288537
 

【映画・海外ドラマライター 今祥枝 2021/4/23】
 
今祥枝:映画・海外ドラマ 著述業/『小説すばる』で海外ドラマエッセイほか連載多数。『日経エンタテインメント!』『BAILA』『シネマトゥデイ』などで企画・編集・執筆。

 

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