ザ・ソプラノズ

家族とマフィア、二つの「ファミリー」の板ばさみに悩める男、トニーの魂は取り戻せるのか・・・。
米ケーブル局HBO製作、全米TV界の歴史を塗り替えた怒涛のヒューマン・ドラマ

特集

ザ・ソプラノズ コラム バックナンバー

Vol.9 視聴者を画面に釘付けにする映像の威力

これまでに幾度となく、"映画並みのスケール感を持つ"と形容してきた『ザ・ソプラノズ』。制作費や撮影にかける時間などのあらゆるスタイルがTV界の常識破りなのだが、視聴者にわかりやすく映画的であると思わせるのは、深い陰影のある映像美ではないだろうか。通常、ドラマはスタジオ撮影が主なので、フラットな照明によりこうした陰影のある映像はほとんど見られない。もとより、スターの顔が明確にわからないような画作りなんてご法度なのだ。一方、『ザ・ソプラノズ』ではこんな具合である。暗がりの中、ゆっくりと立ち込める紫煙の向こうに浮かび上がる、トニーたち大物幹部のシルエット。ナイトクラブでトニーと談笑するクリスの顔は、複雑な店内照明のために半分は全くの影になっている。その光と陰が作り出す絵画的な美しさはほとんど芸術的で、これこそが映画的であると言えるだろう。もちろん、『ザ・ソプラノズ』の映像美にはきちんとした意図がある。

登場人物は笑い声を立て、無駄口をたたいたりビジネスの話をしたりしている。だが、我々視聴者は彼らの表情をはっきりと読み取ることはできない。そのため、彼らの真意を探るべく、その声色に耳を傾けては微妙なニュアンスを感じ、一瞬の表情の変化も見逃さないよう画面に食い入るように見入ってしまう。暗闇にはドラマを生む力があり、与えられる情報の量が少ないことはイコールわかりにくいということではなく、視聴者の想像力をかきたて、画面に集中させるという効果をも期待できるのだ。

ご存知のとおり、『ザ・ソプラノズ』は35ミリフィルムで撮影されている。今どき、映画でさえデジタルカメラなのに...と思うと、本作の映像に対する並々ならぬ気合いの入り方がうかがえる。ここでも尋常ではないこだわりを見せているのは、プロデューサーのデイヴィッド・チェイス。HBO作品ではおなじみのメイン撮影監督のアリク・サカロフは、ワンショットワンショット、すべてについてスタッフがみんなで議論をして決めるチェイスの方針を次のように語っている。「『ザ・ソプラノズ』のスタイルを象徴するのは、あくまでも自然なライティング。ムードを決めるのはキャラクターに当てる光ではなく、環境を映し出す光である」。また、「少ない要素で最大の効果を生み出すこと、ミニマリズムが時には重要」であることも強調している。これは登場人物のバックからのショットや、ステディカムでのワンシーンワンショットが多用されていることからもわかる。

今どきのアメリカのドラマの流行は、『24』に代表されるようにいかにして多くの情報を瞬時にして視聴者に提示して見せるかを競っているかのようだ。カットの切り替えはめまぐるしく、さらに画面を分割して別の場所の話を同時進行させる。もちろん、どちらがいい悪いという話ではない。そういった流行に左右されることなく、番組のカラーを作り上げていくチェイスのこだわりを可能にしているのは、やはりHBOの懐の深さにあるわけで、米ドラマ界におけるHBOの存在価値を再確認させられる次第だ。

Vol.8 イタリア系ファミリーに食事のシーンは欠かせない

前回、『ザ・ソプラノズ』に登場するイタリアンフードについて触れたが、もう少し本作の食に関する小ネタを紹介しよう。世間的なイタリアンのイメージといえば、ピザにモッツァレラ・チーズ、オリーブ・オイル、生ハムにカプチーノ。トニーを筆頭とする登場人物たちは、全員が自分達のルーツがイタリアにあることに誇りにもっているので、こうした象徴的なイメージに関するエピソードはかなり芸がこまかい。最も笑えるのは、ポーリーが仕事のためにチェーン店のフレンチ・カフェに立ち寄ったときのもの。「バカだよ、イタリア人は。エスプレッソ、カプチーノ、イタリアの文化がなぜフレンチ・カフェで?」と言って、憤懣やるかたないといった表情で店内にディスプレイしてあったエスプレッソマシーンをにらみつけた後、懐にこっそり入れて店を後にするのだ。 そうかと思えば、映画好きでキレると怖い幹部のラルフィ(シーズン2より登場)は、自宅でゆでたパスタをソースとなじませるときに、腕時計で時間をはかりながら「45秒間、かき混ぜるんだ」と言って、がらにもなく若者達にパスタ作りのうんちくを披露。コンサバなトニーは料理はしないが、自宅では小腹がすくと、冷蔵庫から生ハムをとりだしてはバケットにはさんで食べるのが習慣だ。実はハムにはさまざまな意味が含まれている、メタファーでもあるのだ。トニーたちが隠れみのにしているのは血なまぐさいブッチャーだし、おいしそうな高級ハムは、母リディアにまつわるトラウマにもつながっている。また、トニーと幹部たちは、毎朝のようにブッチャーの店先の路上でカプチーノを飲んでは集っているが、カプチーノが本当は朝の飲み物であることを、筆者は『ザ・ソプラノズ』を見て知った次第である(食後に飲むのはエスプレッソ)。 ところで、マフィアものに関わらずイタリア系のファミリーを描いたドラマに食事のシーンが多いのには、ちゃんとした訳がある。イタリア系では、一緒に食事をするという行為がイコール家族であり、ホームを意味するのだ。脚本も手がけるマイケル・インペリオリは、「朝食でシリアスな話をするのがイタリア系」と語っているが、確かにソプラノ家のウィークデイは、朝食の席でメドウやアンソニーとトニーやカーメラが、かなりヘビィなテーマで議論を戦わせている。また、一族が集合する恒例の日曜日のディナーやマフィアの幹部達の豪勢な会食では、ドラマが展開するきっかけとなる出来事が描かれることが多い。どちらのファミリーにとっても、食事のシーンは重要な意味を持っているのだ。

Vol.7 イタリア系アメリカンの定番デザート"カンノーリ"

『ザ・ソプラノズ』を見ていると、食事のシーンがとても多いことに気づく。マフィアの幹部達は皆、一様に美食家で大食漢だし、料理自慢のカーメラが作るイタリアの家庭料理はどれもおいしそう。一言でイタリアンと言っても、大雑把にわけて北部と南部ではかなり違いがあるのだが、本作の料理は登場人物の出身地である南部料理がメインである。その辺のことは、「THE SOPRANOS FAMILY COOKBOOK AS COMPILED BY ARTIE BUCCO」に詳しく、レシピも載っているので興味がある方は一度手にとってみられることをおすすめする。 それとは別に、今回のコラムではイタリア系アメリカンに縁の深いカンノーリについて紹介する。カンノーリ(は複数形。単数形はカンノーロ)といえば、本作でもしばしば言及されている映画『ゴッド・ファーザー』に登場するお菓子として有名だ(カンノーリは『ゴッド・ファーザー』のドン・ヴィトー・コルレオーネのモデルにもなった、シチリア島出身の実在のアメリカのマフィア最高幹部ラッキー・ルチアーノの好物でもあった)。小麦粉を練って薄くのばし、くるっと筒形に丸めて揚げた皮の中にチョコレートやバニラ、甘みをつけたリコッタ・チーズ、刻んだ果物の砂糖漬けやワイン等を混ぜ合わせたクリームを詰めたものが正式で、シチリア島が発祥地。アメリカでは、リコッタ・チーズの代わりにマスカルポーネやコンスターチで作ったクリームを使うことも多いらしい。ニューヨークのリトル・イタリーやボストンのノースエンドなど、古くからイタリア系移民が多く住んだ地域ではおなじみのメニューで、イタリア系アメリカンの定番デザート。『ザ・ソプラノズ』ではトニーが好きなお菓子でもあり、日常的に頻繁に登場する。トニーからの電話でカンノーリを買ってこいと命令されたクリスが、しぶしぶ出向いた店で一悶着起こすというエピソードも。『ゴッド・ファーザー』以来、イタリア系アメリカンを象徴する食べ物として映画やドラマの小道具として使われるようになったカンノーリだが、『ザ・ソプラノズ』のおかげで再び脚光を浴びることとなった。

Vol.6 『ザ・ソプラノズ』を心理学的な視点から見る

精神科医のメルフィトニーのセラピーのシーンから幕を開けるドラマ『ザ・ソプラノズ』。フロイトの夢判断的な示唆に富んだドリームシークエンスも多く登場するが、『ザ・ソプラノズ』をサイコロジカルな視点から掘り下げてみるのもなかなかに興味深いものがある。シーズン1をご覧になった方はすぐにピンとくると思うが、トニーの人生に最も大きな影を落とし、精神的に支配しているのは母リヴィアの存在だ(ここからは弱冠のネタバレを含む旨をご容赦いただきたい)。全ての男性はあるレベルにおいてマザコンである、とはよく言われることだが、トニーのいつまでたっても埋まらない心の隙間や女性関係のトラブルは、無意識的に母親の面影を女性に求めてしまっていることに起因している。これは、グロリアという自立した魅力的な女性との関係が破綻するシーズン3の終盤で表面化するのだが、誰よりもトニー本人にとってショッキングな事実であろう。グロリアも前の愛人イリーナも、メルフィによれば"ウツ気味の性格、情緒不安定で喜びを感じない女性"=リヴィアなのだ。同じくシーズン3で、母親の口癖だった「Poor You(かわいそうに)」という言葉を侮蔑的に投げかけるグロリアに対して、トニーが「(母親に)そっくりだ。底なし沼だ」と言って愕然とするシーンがある。自分を殺そうとまでした母親の面影を、知らず知らずのうちに求めていたことを自覚するトニーの絶望は、文字通り底なし沼のように暗く深い。
「幼い子供にとっての両親の存在と、両親が子供の一生に与える影響は絶大だ」とは、デイヴィッド・チェイスの言葉だ。トニーは、動物や自分を慕っていたトップレス・バー「バダ・ビン」の若いダンサーの死に異常なほどの怒りを見せる一方で、他人の悩みには興味がなく、独善的で身勝手な人間だ。人は誰しも多面的であるのだが、結局のところトニーはリヴィアの息子なのだと思わずにはいられないエピソードは多い。
さらに「人は結婚相手や恋人に間違った相手を選び、同じタイプを求め続ける」とチェイスは語る。「初めて会った異性に対して長所ではなく、その人から受ける苦痛を本能的に求めてしまう」とも。本作にはこうしたチェイスのペシミスティックな恋愛観が反映されているわけだが、チェイスにも人には語りたくないようなトラウマがあるのだろうか? ともあれ、このテーマだけをとっても普通のドラマではありえないほどの深い洞察に、つくづくよく練られた脚本であると感心せずにはいられないのだ。

Vol.5 キャラクターの心理や俳優の演技を助ける衣装

「ザ・ソプラノズ」のディテールへのこだわりを挙げていくときりがないのだが、ファッションもまた目に楽しい。ビシっとスーツで決めて勢ぞろいしたトニー&幹部たちは、よく見れば一人一人のデザインが微妙に違っていて芸が細かい。特に、シルヴィオは大胆な色彩&柄のヴェルサーチのネクタイが、誰よりも似合う。スティーヴン・ヴァン・ザントはもともとミュージシャンなので、こんな着こなしも板についているのかもしれない。女性陣のファッションで目を引かれるのは、やはりアドリアーナだろう。ドルチェ&ガッバーナやESCADAの強烈なインパクトボトムに、グッチやジミー・チュウのサンダルを合わせるなど、とにかくド派手。一方、マフィアの妻達も派手ではあるが、テイストはかなり違う。例えば、カーメラ達がデイリーのランチに持参するのは、ジュディス・リーバーの小ぶりのバッグ。歴代のファースト・レディやレッドカーペットを歩く女優が持つことでも知られるハイブランドだ。元モデルのロレイン・ブラッコ扮するメルフィの定番は、最高級の品質を誇るヴェスティメンタ製のシンプルなスーツ。長い足をさりげなく強調しながらも、知的なエレガントさを演出しているのはさすがである。もちろん、これらの衣装は、ただ見た目のかっこよさを追求しているだけではない。衣装デザイナーのジュリエット・ポルスカは、毎回監督や脚本家と共に、キャラクターのバックグラウンドや性格、ステイタスを話し合いながら衣装を決めているという。また、衣装はキャラクターの心理状態を表すこともあれば、俳優の演技を助ける役割も果たしている。トニーがメルフィに自分の気持ちを伝えるシーンでは、ソフトな色合いのスーツを着ているし、シェフのアーティ・ブッコの足元はほとんど写らないが、本物のシェフがよくはいているような靴をいつも着用しているのだという。ポルスカによれば、カメラに足元は写らないシーンでも、必ず靴やソックスにまで指示を出すのは、どうでもいいソックスとの違いが俳優にはわかるというのだ! 衣装一つとってもこのこだわりよう。改めて、すごいドラマだと思わされる。

Vol.4 異色の経歴を持つソプラノ・ファミリーの幹部たち

トニーとソプラノ・ファミリーの幹部達が、店先のテーブルでカプチーノを飲みながらたむろしている姿は、まるでイタリアン・アメリカンのマフィアそのもの。そんなハマリ役の脇役たちには、異色の経歴を持つ個性派がズラリ。前回も述べたシルヴィオ役のスティーヴン・ヴァン・ザントは、ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドのメンバーで、リトル・スティーヴンこと"マイアミ"・スティーヴ・ヴァン・ザントといえば、ロック・ファンにはおわかりだろう。スプリングスティーンのレコードの写真を見て、「ニュージャージーに住むイタリア系の顔をしている」と確信したというクリエイターのデイヴィッド・チェイス。演技初挑戦ながら、その独特の存在感でいまやすっかりお茶の間の人気者となったが、その彼に負けず劣らずアクの強さを発揮しているのが、ポーリー役のトニー・シリコだ。「少年院の出入りを繰り返し、入所や徴兵などを経てファミリーでのし上がった」という設定さながらに、シリコ自身も20代のころは結構なワルで"おつとめ"の経験者。これまでのキャリアで演じた役もほとんどがギャングスター(でなければ悪徳警官)というから筋金入りである。もうひとり、映画『ゴッドファーザーPARTⅡ』のギャング役で知られるのが、アンクル・ジュニア・ソプラノ役のドミニク・チアニーズ。キャバレーでバラードやイタリアン・フォーク・ソングなどを歌うパフォーマーとしてキャリアをスタートさせたチアニーズは、CDも出しており、『ザ・ソプラノズ』のシーズン3の最終話ほかでも、その歌声を堪能することができる。ちなみに、2人の共通項はニューヨーク派を代表するウディ・アレンで、シリコは多くのアレン作品にチョイ役で出演しているし、チアニーズはアレンがニューヨークで開催するギグに参加したり、アレンが手がけたオフ・ブロードウェイの舞台にも出演したことがある。実は、本作の出演者の多くが、舞台となるニュージャージーやニューヨークで育った俳優だ。ギャンドルフィーニーはニュージャージー、イーディ・ファルコロレイン・ブラッコ、シリコはブルックリン、チアニーズはブロンクス...といった具合。自身もニュージャージー育ちのチェイスらしい、こだわりである。

【ライター 今 祥枝】

Vol.3 デイヴィッド・チェイスは映画マニア

1話ごとに映画並みのスケール感を演出する『ザ・ソプラノズ』には、本編にも映画ネタがたくさん出てくる。クリエイターのデイヴィッド・チェイスは子供の頃からギャング映画が好きで、最初に見たのがトーキー初期の名作『民衆の敵』というから通好み。この作品はシーズン3に登場するのだが、シーズン1ではやはり『ゴッドファーザー』へのオマージュが印象深い。カーメラによれば、トニーのお気に入り『ゴッドファーザー』は、IよりⅡの方で、Ⅲは駄作とのこと(これはこのシリーズに対する一般的な評価だ)。本作の第2話「受難」の冒頭では、シルビオ(スティーブン・ヴァン・ザント)が映画でアル・パチーノ扮するマイケル・コルレオーネのセリフ、「just when I thought I was out, they pull me back in.(足を洗ったと思うと すぐ 逆戻りだ) 」を引用する。まさにマフィアの性(さが)、業(ごう)を言い表した名ゼリフなのだが、「パチーノだろ?そっくりだ」とみんなの喝采を受けたシルビオは、その後も何度かこのセリフを口にしては、映画ファンをニヤリとさせる。全米でもこのシーンは大人気で、シーズン2の予告編にもうたい文句として使用されており、またシーズン2では、さらに多くのパチーノのセリフがシルビオによって引用されている(ちなみに、チェイスはヴァン・ザントを「どこかパチーノに似ている」と語っているが、どうだろうか?)。だが、シーズン1を見ていると、チェイスはフランシス・フォード・コッポラよりもマーティン・スコセッシに対してより大きなリスペクトを払っているようにも思える。レイ・リオッタ主演の『グッドフェローズ』を筆頭に、スコセッシ作品のタイトルはセリフの中に繰り返し登場するばかりか、第1話では本物のスコセッシがカメオ出演しているのでお見逃しのないように! 一方、カーメラと神父がちょっぴりいい雰囲気になる第6話「悪夢」では、スコセッシの『最後の誘惑』や『日の名残り』といった、マフィア映画以外の名作が登場。その時々で登場人物の心理を代弁するかのような作品選びが、これまた心憎い。

【ライター 今 祥枝】

Vol.2 遅咲き主演コンビの相性は抜群!

前回もご紹介したジェームズ・ギャンドルフィーニが、「ザ・ソプラノズ」でブレイクしたのは38歳のとき。名門アクターズスタジオで学んだ後、オフ・オフ→オフを経て、92年に『欲望という名の電車』でブロードウェイデビューを果たした実力派である。ジェシカ・ラングとアレック・ボールドウィンという、2大スターを向こうに回しての大抜擢だった。映画のブレイクスルー作は『トゥルー・ロマンス』で、ヒットマンを演じて脇ながらもキラリと光る存在感を発揮。以後、基本的にバイプレイヤーとして活躍しているわけだが、『クリムゾン・タイド』、『バーバー』、『ラスト・キャッスル』は、ファンならぜひとも押さえて欲しいところである。未公開作にはタイプの違った役どころもあるが、やはりこうしたアクの強い役がギャンドルフィーニの真骨頂という気がする。対するカーメラ役のイーディ・ファルコも、本作でブレイクするまでには長い道のりがあった。90年代の後半、『ホミサイド/殺人捜査課』『ロー&オーダー(原題)』『OZ/オズ』といった話題のドラマに出演して顔が知られるようになったのは、30代に入ってから。ブロードウェイデビュー作『サイド・マン』では、ロンドンのウエストエンド公演にものぞんだほか、こちらも舞台で鍛えた実力派だ。実は筆者は2年前、ブロードウェイでファルコが出演した二人芝居『'night, Mother』を観劇した。相手役は、映画『秘密と嘘』の英国の大御所ブレンダ・ブレッシン。ファルコが演じるのは自殺を決意した娘で、それを止める母親役のブレッシン相手に体当たりの熱演を披露していた。その際、ファルコは自分の演技を「相手の出方次第で作り上げていく直感的なもの」と語っていたが、『ザ・ソプラノズ』ではまさに、同じく地道にキャリアを積んできたギャンドルフィーニとの相性の良さが、ファルコの才能を開花させたのである。

【ライター 今 祥枝】

Vol.1 人好きのするマフィアは太ったウディ・アレン!?

クリエイターのデヴィッド・チェイスは、トニー・ソプラノ役にジェームズ・ギャンドルフィーニを選んだ理由を"likable"と語っていた。確かに迫力の三白眼よりも威力があるのは、あの人好きのする笑顔だ。どんなに残酷な行為をしても、次の瞬間に垣間見せる善良さには、誰もがコロっと懐柔されてしまう魅力がある。が、そのあまりにも見事な成りきりぶりに、ギャンドルフィーニ自身がまるで本当のマフィアのように思われることが多く、本人は当惑気味だった時期もあったとか。離婚はしたが子供想いで、平和主義者としても知られるギャンドルフィーニ。自分のことをマフィアどころか「太ったウディ・アレン」と形容するなど、かなり繊細なタイプであることを自負している。一方で、イタリアンスタイルのマーシャルアーツを身につけており、売れなかった時代に用心棒やナイトクラブのマネージャーをやっていたというから、貫禄いっぱいのこわもてもあながちダテではないのだ。...と考えると、トニーというキャラクターには、やっぱりギャンドルフィーニ自身が少なからず投影されている!? ともあれ、エミー賞3回、ゴールデン・グローブ賞にも輝くギャンドルフィーニの名演なくして、『ザ・ソプラノズ』の成功が有り得なかったことは間違いない。

【ライター 今 祥枝】

準備号 高品質ドラマの宝庫、HBOが生んだ傑作ドラマ 「ザ・ソプラノズ」とは・・・

エミー賞をはじめとする賞取りの常連、『ザ・ソプラノズ』が11月から、いよいよSuper! drama TV!に登場!(10/1(日)第1話を先行プレミア放送!) と聞いて、待ってました~と思わずガッツポーズの海外ドラマファンは、さぞかし多いに違いない。主人公は、表向きはニュージャージー州のゴミ処理コンサルタント、本業は裏の世界で暗躍するイタリア系マフィア組織のボス、トニー・ソプラノ。しかし、『ゴッドファーザー』のようにクールなだけじゃいられないのが、現代のリアルなマフィア。組織では年功序列の上下関係に頭を悩ませ、家庭では気の強い妻カーメラとの仲は険悪、思春期の娘と息子は反抗期まっただ中で気の休まる暇もない。中間管理職の悩めるサラリーマンのごとく心身をすり減らしたトニーは、ストレスで倒れたことをきっかけに、密かにセラピーに通い始める。
暴力・セックス・ドラッグが入り乱れるダーティな裏社会のドラマは、放送禁止用語スレスレのセリフや過激なエロチシズムも満載(全米では子供の視聴を禁じるMA指定を受けている)。一方、同じ次元で描かれる万国共通の夫婦・親子・嫁姑問題には、なんだか切ない気持ちにさせられる。99年の放送開始当初は「こんなドラマ、今まであっただろうか?」と、驚きと賞賛を持って迎えられたことはいまだ記憶に鮮烈だ。以後、エミー賞、ゴールデン・グローブ賞をはじめとする、名だたる賞の受賞&ノミネーションは数知れず。それもそのはず、本作のクオリティの高さが、『エンジェルス・イン・アメリカ』や『シックス・フィート・アンダー』といった多くの秀作ドラマを排出する米最大の有料チャンネル、HBOの名声を確固たるものにしたのだから。
前述した過激な描写をはじめ、HBO作品と地上波のネットワークのドラマの制作スタイルは大きく違う。本作に関していえば、1話あたりの制作費は破格の約2億円。1シーズンを通常よりも少ないエピソード数で、劇場用映画と同じ35mmフィルムを使用して撮影し、納得がいくまで時間をかけて仕上げていく。そのため、通常のテレビではありえない、「1話1話が映画並み」と言われる重厚な映像世界が可能になったのだ。
とはいえ、一度でもドラマを見れば、そんな裏事情の説明は不要かもしれない。トニーを演じるジェームズ・ギャンドルフィーニや妻カーメラ役のイーディ・ファルコをはじめ、マイケル・インペリオリ、ロレイン・ブラッコといった舞台でもおなじみの実力派の競演は、それだけで十分にクオリティの高さを実感させてくれるはずだ。特に、ギャンドルフィーニの好演は特筆に値する。いいパパぶりを発揮したと思えば、ズル賢そうな光を浮かべた三白眼で相手をじっと見すえてプレッシャーをかける。油断していると、ふとした瞬間にぞ~っとさせられる無言の迫力は天下一品! ほかにも極妻全開のファルコ等々、共演者も一人一人の魅力をご紹介したいところだが、一度に語りつくすのは不可能に近いので今回はこの辺で...。

【ライター 今 祥枝 2006年8月】

●今 祥枝(いま・さちえ)
ライター。「日経エンタテインメント!」「BAILA」「ロードショー」「デジタルTVガイド」等、各種雑誌にて映画&アメリカンドラマの記事を執筆。「シックス・フィート・アンダー」「ザ・ソプラノズ」「HUFF」などのじっくりみせるドラマが好き。