
声優で見る作品を選ぶという、ドラマ。ファンは少なくない・・・。毎回一人の声優に焦点をあて、本人インタビューや出演作品の映像をもとに、「ドラマ吹替え制作当時」のとっておきのエピソードや彼らのバイオグラフィーを紹介するドラマ・ファン待望のコーナーを完全収録!
FileNo.01 大塚明夫 ・ FileNo.02 沢海陽子
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「ER」のベントンや「ダラス」のJRの声を担当していらっしゃる大塚明夫さん、そして「ヴォイジャー」のセブン・オブ・ナイン、「ダラス」のパメラの沢海陽子さんが記念すべき第1回目のゲスト。共演の多いお二人ですが、プライベートではご夫婦なんですね。 |
■子どもの頃好きだったドラマ、ヒーロー
| 大塚 |
幼稚園のころは「マイティマウス」を見てましたね。小さいんだけど、すごい強いネズミが好きでした。あと「あしたのジョー」とか、ちばてつやさんの、やんちゃぼうずが暴れる話、石田国松が出てくるやつ(「ハリスの旋風」)。それから「鉄人28号」ですか。そういうのを喜んで見てましたね。 |
| 沢海 |
子どものころ、魔女モノがすごく流行っていたんです。だから、そういうのを見てましたし、よくマンガを描いたりもしましたよ。「ひみつのアッコちゃん」とか「魔女っ子メグちゃん」とか。でも、男の子の見るアニメもすごく好きでしたね。今、明夫さんが言ったような「あしたのジョー」や「巨人の星」も見ていました。思いっきり時代がわかってしまうんですけど(笑)。 あとは海外ドラマですね。当時海外ドラマは、日曜日の3時とか4時とか、朝にもやってましたし、たくさん地上波でオンエアされていた時代でした。だから、「ルーシーショー」とか「奥さまは魔女」、歌をうたう家族の話「人気家族パートリッジ」とか、そういうのをすごく楽しみに見てましたね。 |
■大塚明夫さんの子ども時代
| 大塚 |
僕は二世なんです(大塚明夫さんの父は、声優の大塚周夫さん)。ちょうど小学校の頃に、オヤジが「ゲゲゲの鬼太郎」でねずみ男の声をやっていて、今思うとすごい仕事だなと思うんですけど、子どもとしてはねずみ男っていうのは非常にありがたくないキャラクターなんです(笑)。ズルイし卑怯だし。 |
| 沢海 |
いじめられたの? |
| 大塚 |
いじめられるというよりも、そういうことでよくトラブルを起こしてね。要するに「いやーい」とか言われるじゃないですか。そのまま手が出ちゃったりしてね(笑)。 |
| 沢海 |
(笑)。 |
■沢海陽子さんが最初に立った舞台
| 沢海 |
私は結構おしゃまな子で、「陽子ちゃん、写真撮るわよ」っていうと、必ずバッグを一つ持ってきて、こうやって手にかけてポーズをとるような子だったんです。でも半面、すごく人見知りする部分がありましたね。 初舞台と言えるかどうか、私は全然覚えていないんですが、母が言うには小学校1年生のときに学年の音楽会があって、各クラスごとの合唱をやったらしいんです。その中でどうやら私はソロを歌う部分があったみたいです。でも、事前に親には全然言わなかったらしく、それで、うちの母親が見に来たら、「あら、陽子が一人で歌ってるじゃない」と。 やっぱりおしゃまだった分、クラスの中で何人かピックアップされて何かやるというのに選ばれることは、自分から言うのもなんですけれど、多かったですね。その頃の記憶はあまりないんですけど、きっと緊張はしていたと思いますよ。 |
■声優の仕事を始めたきっかけ
| 大塚 |
若い頃は芝居ばかりやっていて、当然、生活が苦しいじゃないですか。でも、それしか考えてなかったので、やっているうちにあるときオヤジが「声の仕事をやってみるか」と言ってくれて、「やる、やる」って言っただけなんです。 |
| 沢海 |
私は、仲間で小劇団をつくって、アルバイトしながら芝居をやってるという生活をしていたんです。私がちょうど声の仕事をやり始めたのは、世の中がまだとてもバブリーな時代で、おいしい話がいっぱい転がってる時代でした。数あるアルバイトの中で、友だちのお芝居仲間から「しゃべるバイトをやらない?」と持ちかけられたんです。そのとき録音をしてくれた方が、今の事務所の当時の社長だったので、「声の仕事に興味があるなら紹介しますよ」と言ってくださったんです。 私はそのとき初めて声優という仕事に対して、こういう仕事もあったんだと漠然と思いました。もう食べられなかったですから、お金になるならぜひ紹介してください!という感じで飛び込んだんです。それで、そのまま事務所に所属して、もう十何年いますね。 |
■初めてのアテレコ(吹替え)
| 大塚 |
初めてアテレコしたときは、なんか、随分シンプルにやるもんだなと思いましたね。部屋にモニターとマイクがあるだけじゃないですか。でも、考えてみりゃそうか、なんて(笑)。結構簡単にやってるもんなんだなと思いました。 |
| 沢海 |
私はね、暗いなあって(笑)。まあ、スタジオ全体は密室状態にしないとだめですし、照明も結構暗めだし。皆さんもワハハッ!って感じにはならないで、結構静かにいらっしゃるので。何だかその静けさがかえって緊張感を高めている感じでしたね。 |
■お二人(大塚さん、沢海さん)が声優として初共演した作品は?
| 大塚 |
あれだよ、「新スパイ大作戦」。 |
| 沢海 |
そう。「新スパイ大作戦」ですね。明夫さんがレギュラーで。当時、明夫さんが忙しくなり始めていたころかしら。 |
| 大塚 |
そうだね。 |
| 沢海 |
私は、「声の仕事をやってみませんか」と言われて、勉強し始めたくらいで。明夫さんはちゃんとレギュラーで、私はバレリーナの女の子たちの「おつかれさま〜」っていうガヤで呼ばれて行ったのが……共演って言うのかな。でも、共演ですね(笑)。 |
| 大塚 |
それに、本線(物語の筋となる部分)を録り終わってから録ったんだもんね。 |
| 沢海 |
そう! 夜7時に入ってくださいって言われて、ずっと待って、「ガヤいきま〜す」と声をかけられたのが夜9時。で、あっという間に、「おつかれさま〜。じゃーね。あしたね〜」って(笑)。それでおしまいでしたね。 |
■「ER 緊急救命室」の吹替え現場
※大塚さん(ベントン役)と沢海さん(チュニー役)は「ER 緊急救命室」で共演!
| 大塚 |
「ER」に関しては、ダブリ役が極端に少ないんです。一言二言でも1人の声優を呼ぶというポリシーでつくっているため、とにかく人数が多い。人数が多い中でマイクは3本。あの人数を3本でやるのは、役者もミキサーも、フォーメーションを考えるのが結構大変なんです。 慣れない人は様子がわからないからボーっとしていたりするので、「ここからここのセリフでは向こうのマイクに入ったほうがいいよ」とアドバイスしたりもしてました。 |
| 沢海 |
「ER」始めたころは、私もそんなに“めちゃくちゃベテラン”っていう感じでもなかったですから……。1時間番組なのに40人くらいいるのかな。 |
| 大塚 |
多いときはね。 |
| 沢海 |
まず座る場所を確保するのが精いっぱいでしたね。座る場所がないときは、ひざ抱えて前で体育座りをしていたっていうときもあって。でも、その中で合間を縫って音を立てずにやるストレスがありましたね。 テレビをご覧の皆さまは状況がわからないかもしれないけれど、原音を聞く場合、ヘッドホンから流れる英語を聞きながら合わせるんです。今は無線の受信機を首から提げてやるから身軽なんですけど、「ER」をやり始めた頃はまだ、コードがついた状態のヘッドホンしかなかったので……。 |
| 大塚 |
そうだっけ。 |
| 沢海 |
ええ。だから、その線がついているヘッドホンで、3本のマイクの間を移動しなくちゃいけないわけです。だから、三つ編みじゃないけど、コードがどんどんどんどん絡まっていくわけですよ。コードが短いから、この今自分のしているヘッドホンじゃあっちのマイクには入れないと思ったら、あっち側に座ってる人に、「すみません、じゃあ、このタイミングで耳――ヘッドホンのことを通称耳って言うんです――貸してください」と。そういうやりとりをしながら、すごい速いテンポでやらなくちゃいけなかったんです。もう、とにかく芝居以外に気を遣うことが異常に多い番組でした。 |
■「ER 緊急救命室」の吹替え作業で難しかったこと
| 大塚 |
専門用語っていうのは、ほとんどわかりませんから。そのために監修の順天堂の先生がいらしてくださるわけですけれど。それをいかにわかったようにしゃべるか(笑)。あまりにもわからないと、どういうことか説明してもらいながらやりました。困るのは、ふだん全く使わない言葉を、さも日常的に使ってるように流暢にしゃべるのが、すごく難しかったですね。 僕はベントン役だったんですが、始まったころ、ベントンは明るくて元気のいい先生だったんです。だけど、だんだん話が進むうちに暗くなってきてね。「なんだよ」なんて、いつも怒ってたりなんかして。最初のほうもいつも怒ってはいたんですけれど、だんだんそれが内向的なキャラクターになっていって、他人と壁をつくっていくことになります。そういう意味では、前の明るいベントンに戻ればいいのにと思いながらやってました。どうしても声も質的に変化せざるを得ないし。 |
| 沢海 |
私はチュニー役でした。たしか第2シーズンだったかな。ルイスのお姉さんが出産するシーンがあったんです。産科の看護師だったので、その出産シーンにお手伝いをするので出てきたのが初めてだったんですけれど、そのときいきなりアップで「マルケスです」って自己紹介をしたんです。たぶん、原音で「マルケス」だったんですが、その後「チュニー・マーケイズ」という表記になりましたね。 |
| 大塚 |
そうそう。 |
| 沢海 |
そのままレギュラーになったんですが、向こうの役者さんも、最初はキャラクターがつくり込まれていないから、印象が固いっていうか、カチッとした印象だったんです。だから私もそのままの感じでやりました。でも後々、設定はキューバ人で、男の子きょうだいの中で女1人、バイクとか乗り回しちゃうような結構勇ましい性格だっていうのがわかってきました。陽気で、「大丈夫、大丈夫!」みたいな。「そんなの、治るときは治る!」ってくらい勢いのある看護師さんだったんですね。 困ったのは、彼女時々スペイン語をしゃべるんです。「ER」って本当にいろんな民族の人が運び込まれてきて、言葉が通じないっていうシチュエーションのときは、日本語に吹き替えるわけにいかないんです。だから、スパニッシュ系の人が運ばれてきて、「言葉がわからないからチュニー連れて来て通訳させろ」みたいなシチュエーションがあったときに、“そんな、私だってわかりませんよ、スペイン語”って感じなのに、台本にカタカナでスペイン語が書かれていて、それを読まなければいけない。原音を一生懸命聞きながらやりましたね。 |
| 大塚 |
独学? |
| 沢海 |
はい(笑)。独学で。 |
| 大塚 |
意味はわかんないんだろう? |
| 沢海 |
うん。でも、最近は結構、台本のト書きに「こういうことを言ってます」っていう日本語がちゃんと書いてあるからわかるんですけど。時々、スペイン語しか書いてないときがあって。その時はもう、勢いでしゃべり倒すってカンジですね(笑)。 |
■「新スタートレック」について
| 大塚 |
僕はライカー役でした。ライカーは、こんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど、最初シリーズが始まったときはね、この人は一体何考えてるのかなっていう芝居をしてたんで、困ってたんです。何かに足載せてこうやってしゃべったりね(笑)。でも、だんだん回数が進むにしたがって、やりやすくなってきたな、みたいな。まあ、二枚目担当、みたいなところだったんでしょうけれど。 |
| 沢海 |
最初はターシャ役で参加したんですけれど、途中で死んじゃうんです。影みたいな謎の生命体が……。その後、あれは何なんだろう。ターシャと同じ役者さんが出てきて……。 |
| 大塚 |
あれはパラレルワールドみたいなやつで、違う世界のターシャが出てくるんだよね。 |
| 沢海 |
あと、セーラだったかな。・・・忘れちゃってるな。言うとボロが出ちゃう(笑)。 |
| 大塚 |
だって、(収録から)もう何年経ってる? 10年くらい経つんじゃないか。 |
| 沢海 |
もっと経つかも。 |
| 大塚 |
そんなにいってる? |
| 沢海 |
一番最初にやり始めてからはたぶん。まあ、でも10年かな。 |
| 大塚 |
僕の場合、自分のやらなきゃいけない俳優さんがどういう人なんだろうということが、最初に気になります。そこからだんだん慣れてくると、作品全体のタッチやトーンに目がいくようになってきます。そうすると、これは深いなあと思って。 とにかく脚本をつくる人がすごい。これだけのものを1時間ドラマでバンバン量産していっちゃうのはすごいなっていう感動が一番ありましたね。 |
■「スタートレック/ヴォイジャー」について
| 沢海 |
あれはとても楽しかった作品ですね。私はセブン・オブ・ナインをやったんですけれど、あのキャラクターは好きですね。(演じるジェリ・ライアンは)もともとモデル出身の女優さんだったらしいんですけど、演技が上手なんです。きっと、モデルさんとしてもすごく自信に満ちた人だったんだろうと思います。やっぱり、自信がないとできない役じゃないですか、セブン・オブ・ナインって。常に高飛車で、だれに対しても上からものをバシバシ言う感じだから。 でも、セブン・オブ・ナインの役をいただいたとき、その前にターシャがあったので、同じ「スタートレック」シリーズで二つレギュラーいただいちゃっていいのかしらって。控え目なんです、私(笑)。そういう気持ちがまずありました。でも、うれしい!と思いながら……。 セブン・オブ・ナインの変化については、向こうの役者さんの演技も変わってきてるので、それに忠実にやっていると、どうこうしようなんて思わなくて済みます。やはりシリーズものですから、毎回やっていくと自然に変わっていけるという感じでした。 |
■「ダラス」について
※大塚さん(J.R.役)と沢海さん(パメラ役)は、全357話の伝説の超大河ドラマ「ダラス」でも共演!
| 大塚 |
最近、回想シーンで昔のシーンが出てくると、「若っ!」と思いますね(笑)。 J.R.ユーニングという人は、ちょっと子どもなんです。子どもだから、どうしてもお茶の間から見ていて憎みきれない部分っていうのが出てしまって、それが受けてすごいシリーズになったんだろうな。本当の大人で悪いやつだったら、きっと人気ってそんなに出ないでしょう。J.R.っていうのは、大きな力を手にした子どもだと思うんです。だから子どものかわいさみたいなところが消えちゃったらだめだというのが、僕がJ.Rをやるときの命題なんです。 例えば母さんと話すときは、ちょっと気をつけて子どもの部分をカリカチュアしてやらないと。そういうことを考えながらやっています。 |
| 沢海 |
J.Rの人間的魅力とか、あり得ないようなシチュエーションとか、噛めば噛むほど味が出るシリーズですね。提案なんですけれど、せっかく全357話もあるのですから、全部録り終えたときには、一挙に帯で昼間の1時や2時の時間帯に流してほしいです。1週間ごとより、毎日同じ時間にやると、絶対ファンがたくさんつくと思いますよ。 |
| 大塚 |
ソープオペラだね。 |
| 沢海 |
本当、まさしくソープオペラっていう内容ですよね。ぜひやってください。 |
| 大塚 |
あんまり続けて見ても疲れるんだと思うよ。 |
| 沢海 |
あれっ? 私の意見は(笑)。 |
■役づくりについて
| 大塚 |
基本的に、作品の中での役のポジショニングとキャラクターを重視しています。あとは周りの人がどうつくるかっていうのもあるんですけれど。 芝居の場合はたくさん稽古する時間があるので、声の仕事よりそんなにせっぱ詰まってないんです。決め打ちしていかなくてもそのうちできてくるんで、最初に大ざっぱに想定しておけばいい。ところが声の仕事の場合は、本をもらったら2〜3日のうちに本番があったりします。そのときに探っているようでは人に迷惑がかかるので、どこかで、おれはこういうふうにしようと決め打ちしなければいけません。だから、非常に時間が少ない。舞台よりもポジショニングとキャラクターを自分の中で鮮明につくっていかなければいけない部分はあります。 ただ、芝居の場合は自分で立体的につくっていかなければいけませんが、声の場合はすでにあります。特に洋画の場合は生身の人間がやっていますから、そこを教科書にするとそんなに時間はかからないですね。 |
| 沢海 |
吹き替えはとてもテクニックが必要です。まず、合わせるということ。それに慣れるまでは、役づくりとか何とかっていう余裕すらありませんでした。 ・・・私は吹き替えがすごく好きだし、自分で言うのもなんですけど、合ってると思うんです。職業として選んですごくよかったなと思います。 でも、なんで私は声優がよかったのかと考えると、画面の中でまずやってくださっている、自信を持って演じてくださっているものに、悪くとられると困るんだけど、寄っかかれるんです。あなたを信じてそのとおりやればよくなるはず。そこの安心感で私はきっとリラックスして芝居ができるんじゃないかなと思うんですよ。 だから、声をあてることに慣れた今、あまりキャラクターをどうこうしようっていうよりは、作品全体を見るとおのずとそういう感じにしゃべれちゃうし、演じることができます。まあ、難しいキャラクターもいますけどね。ちょっと特殊で、考えなきゃいけないようなつくり方もありますけれど。 |
| 大塚 |
声の仕事が忙しくなってくると、テレビドラマや映画や舞台に出演するよりも、読まなきゃいけない脚本の数が膨大になるわけじゃないですか。忙しい人になると、毎日1本違うものを読んでいたりする。そうすると、本をパパッと解析するトレーニングみたいなことが自然とできてくるんですね、たぶん。芝居しかやってない人は年に6本もやってると、随分やってる人だねと思われるんですけどね。6本を深く読んでいるっていうのもあるんですけど、この仕事は6本じゃ飯が食えませんから(笑)。 |
| 沢海 |
そう(笑)。 |
| 大塚 |
まあ、舞台でも飯は食えないですけど。でも、パッと本を読んでサッと何かつくらなきゃいけないっていうトレーニングがすごくできてくるんだよね、仕事をしているうちに。 |
| 沢海 |
そうね。 |
■リップシンクについて
| 大塚 |
人のセリフを聞いているときも、しゃべってなくても(登場人物は)息をしていますから、そのリズムを自分ではかって、「〜です」って相手が何か言い終わり、「それじゃあ〜」ってしゃべり始めて、息がだんだんなくなって、途中どこで息を吸っているかがわかれば、リップシンクってそんなに難しいものじゃなくなるんです。 |
| 沢海 |
私もそうだと思います。やっぱり、声をあてる仕事をしていると、例えばどうしてもタイミングがとりにくいときがあります。収録のとき、画面の右端にタイム(秒数)が出たりするので、わかりづらいときはそのタイムで、何秒で出ればいいなという目安に使うことはあります。でも、すべてそのタイムを目安にすると、呼吸がとまっちゃってるんです。ただこのタイムになったら出ればいいっていうことになると、人として息をしていなくなるわけです。 たしかに今、明夫さんが言ったみたいに、相手のセリフを聞いてそういうふうに息をしていると、とても難しいタイミングでもフッと入れるようになるんですよ。だけど新人のうちはそんな余裕すらないから、みんな、ここのタイミングにきたら出るって構えているので、その段階で息をとめちゃってるんですよね。だからとても難しく不自由なものに感じてしまうんだなって。それは私も経験してすごく感じたことですね、呼吸の大切さっていうのは。 |
■沢海さんから見た役者・大塚明夫
| 大塚 |
言いたくなければ言わなくていいよ(笑)。 |
| 沢海 |
いや(笑)。私はとても尊敬しています。 |
| 大塚 |
アハハ(笑)。 |
| 沢海 |
そこで笑わない(笑)。いや、本当に。とてもうまい。身内になったから言うとか、そういうことではなくて。ちょっとプライベートな話になりますけれど、一緒にいたいと思ったところで結婚したんですけれども。やっぱりうまいし、尊敬しています。先輩としても。 とても歯切れもいいし。さっきの話じゃないけれども、「ER」のベントンとか見てると、よくそんなカタカナ、舌噛みそうなのに言えるなっていうことを割と言えちゃう人なんですよ。「おれだって言いにくいセリフはあるぞ」って言うんだけど、それをわからないようにスッと言い抜けちゃう。それだけでもすごいなと思います。 |
| 大塚 |
いやあ、どうもありがとうございます。 |
■大塚さんから見た役者・沢海陽子
| 大塚 |
この人は、とても深い芝居をする人です。本来、ほかの人がつくらないところも実はつくるような役づくりをしているんです。この深さをもうちょっと発揮できるポジションにいけるといいなと思っていますけどね。絡んでいて楽しい役者の一人です。 |
| 沢海 |
ありがとうございます。……なんかヤな感じするね、2人して褒め合って。 |
| 大塚 |
「おまえはだめだ!」って言う? そのほうが番組的にはおもしろいのかな?「最低なやつだ!」って。 |
| 沢海 |
(笑)。 |
■大塚さんに七つの質問
(1) 今、一番やってみたいことは何ですか。
| 大塚 |
1年ぐらい何もしないで、気候のいいところでダラダラとしたいですね。 |
(2) パワーの源は何ですか。
| 大塚 |
なんでしょう。最近、あんまりパワーがないんで(笑)。パワーの源は何だろうな。人が喜んでくれるのを見ることでしょうか。 |
(3) もし無人島に何か一つだけ持っていくとしたら、何を持っていきますか。
| 大塚 |
そうだな。ギターとか持って練習。それしかやることがないと、きっといつの間にか弾けるようになるから、何か楽器持っていきたいですね。 |
(4) 5年後の自分はどうなっていますか。
| 大塚 |
たぶん、50歳になりながら代わり映えしないと思います。アハハ(笑)。 |
(5) あなたにとって声優とは。
| 大塚 |
僕の仕事であると同時に、やはり、それがなくなったら僕は一体何者って思っちゃうくらい大事に思っている、かな。仕事なんですけど、仕事を超えた部分で、むしろ僕の存在理由みたいに、今、なっているかもしれませんね。 |
(6) 最後の晩餐があった場合、何を食べますか。
| 大塚 |
最後に食べるもの。その後、死ぬ? 何食べるだろう……。白い米かな。 |
(7) 座右の銘はありますか。
| 大塚 |
特にないんですけど。自分が孤独だなって思ったときに一つだけ、「燕雀 (えんじゃく) いずくんぞ 鴻鵠 (こうこく) の志を知らんや」と言って自分を慰めます。アハハ(笑)。 |
■沢海さんに七つの質問
(1) 今、一番やってみたいことは何ですか。
| 沢海 |
なんかよくわかんないけど、声優以外の何か(笑)。なんだろう、すごい抽象的ですけど。めちゃめちゃ広いんですけど。 |
(2) パワーの源は何ですか。
| 沢海 |
寝ることと、あとは人に必要とされているっていう実感かな。 |
(3) もし無人島に何か一つだけ持っていくとしたら、何を持っていきますか。
(4) 5年後の自分はどうなっていますか。
| 沢海 |
きっとあまり変わってないような気もしますけど。うん、あまり変わってない(笑)。 |
(5) あなたにとって声優とは。
| 沢海 |
なってよかったなあって思う。 |
| 大塚 |
なんで? |
| 沢海 |
苦しくて楽しいものって感じですね、声優は。 |
(6) 最後の晩餐があった場合、何を食べますか。
| 沢海 |
私もさっき明夫さんが言ったみたいに、結局、お米なんですけど。ふと思ったのは、なぜか、おはぎ(笑)。なんかそれも淋しいね。でも、子どものときにかえるっていう感じで、よくおばあちゃんとか母親がつくってくれました。 |
(7) 座右の銘はありますか。
| 沢海 |
ついめげそうになると、「大丈夫、大丈夫」って自分に言い聞かせているので、「大丈夫」。 |
FileNo.03 古川登志夫
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「白バイ野郎ジョン&パンチ」のパンチ役の古川登志夫さん。アニメ「うる星やつら」(諸星あたる)などでおなじみですが、海外ドラマではパンチ役のほか「大草原の小さな家」のアルマンゾ役、洋画ではビリー・クリスタルやジム・キャリーの声も担当されています。
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■子どもの頃好きだったドラマ、ヒーロー
| 古川 |
一人だけ挙げるとすれば、月光仮面でしょうね。あの頃、「月光仮面」を夢中で見てました。なぜ好きになったかっていうと、当時、テレビはまだどこの家にもある時代じゃなかったんですよ。モノクロの時代です。僕の近所でもテレビがあったのは1〜2軒。その家まで見せてもらいに行くわけです。ですけれども、人の家だから上がり込んでずっと見ているわけにはいかないでしょう。だから、厳選してこれだけ、これは見ていいよというのが「月光仮面」だったんです。それだけ見に行くのが毎週毎週楽しみで。必死になって見てました。全国の子どもがあれにはまったんじゃないですか。風呂敷なんかをマント代わりにして。僕もその一人でしたよ。 |
■子ども時代について
| 古川 |
目立ちたがりだったと思いますね。今でもこういう仕事をやるようになったこともそうだと思うんだけど。うちはね、15人きょうだいなんですよ。ウソだと思ってるでしょう? 本当なんですよ。僕、15番目なんです。10男5女。僕もウソだと思って調べたら、戸籍、本当にそうでした。 だから、きょうだいの間で親の愛情の取り合いじゃないですけど、親の関心を自分に向けようと思って、結構、生存本能みたいなものが発達しちゃうんです。だから、目立とう目立とうとして。 近所で結婚式の披露宴なんかあると、歌ったり踊ったりするような子どもだったというふうに聞いてますけれど。自分ではあまり記憶にないんですけどね。 |
■児童劇団に入ったきっかけ
| 古川 |
東京に出ていた兄が、こいつは何かひょうきんでおもしろいからそういうことをやらせようと。15番目だし、何やってもいいし。そんな感じでしたよ(笑)。 僕は栃木なんですけど、東京へ1年間通ったんですが、やはり通うのは大変だからということで、親元を離れて東京に出ていた先ほどの兄の家へ居候をしました。そこから児童劇団に通うことになったんです。 |
■演劇人生の始まり
| 古川 |
児童劇団に入って、とにかく東京に出ないことには、と。学校の校則で坊主だったんですが、髪の毛も坊主だとテレビに出られない。東京に出れば伸ばせるということがありました。東京の兄の家に世話になって、「児童劇団に通うんだ!」とオヤジに話しましたら、大反対されましたけれど、まあしょうがないということでいよいよ許しが出ました。 東京に出るという朝、オヤジが半紙に筆で字を書いてくれました。「初志貫徹」という難しい字を書いてくれて、それを持っていろと言うんです。そして一言、「おまえに言っておきたいんだけれども、自分で立てた志だからめったなことでは帰ってくるなよ」と釘をさされたんです。その言葉がずっと、中学、高校、大学、社会に出てからも、今でも座右の銘じゃないけれども、自分の心に残っています。挫折しそうになったり、もうやめようかなと思うときに励ましになっているような気がしますね。それは一番大きな影響です。オヤジには今でも感謝しています。 とにかく演劇にのめり込んでいったんです。子どものときから遊びも月光仮面ごっこでしょう。ままごともそうですけど、ロールプレイングゲームですよね。何か役に扮して遊ぶことはおもしろかったし、児童劇団に入って、とにかく生でそういうことをやる。お客様からダイレクトに反応がある。それはおもしろかったですね。人に何か見てもらうっていうことが基本的に嫌いじゃなかったんでしょうね。すごくはまっていきました。 |
■声優の仕事を始めたきっかけ
| 古川 |
大学時代はとにかく演劇に傾倒して、夢中になっていましたので、大学を出たら将来は舞台俳優になろうと思っていたんです。そして、ある劇団に入ったんです。その入った劇団の座長が当時すでに声優として高名でいらした中田浩二さんという方です。この方は当時、「キャプテン・スカーレット」の主役や「カムイ外伝」のカムイ、「サンダーバード」など、あらゆる番組の主役をやってらして、僕もよく知っていました。 そうしたら、あるとき、まだ研究生ぐらいのときでしたが、「ちょっとスタジオへ遊びに来いよ」と呼んでいただいて。そのときにいろいろなディレクターの方に紹介してくださったり、オーディションを受けさせてくださったりしました。食えるようにしようと思って道をつけてくださったんでしょう。感謝しています。恩人ですね。 その劇団に入っていなかったら、たぶん、声優にはなっていなかったですね。その前にちょっとドラマをやっていましたので。 |
■声優として最初に出会った作品
| 古川 |
「FBI」という東北新社でつくっていた番組です。すごくオシャレですてきな番組でしたね。黒沢良さんとか先ほどの中田浩二さんとかが出ていらして。一番最初に見学に来いということで行ったんです。終わったら、ディレクターの中野寛次さんが、「今見学していたやつ、台本があるからちょっとやってみろ」って。そしてやらせてくださったんです。 とてもじゃないけどできる仕事じゃないと思いましたね。まあだめだろうなと思って、その日はがっかりして帰ったら、翌週また来いって言うんです。行きましたら、それからずっと毎週のように呼ばれて。番組レギュラーというんですね。役は決まってないんだけれども、その回に出てくるちょっとした役をやらせていただく。それがアテレコという仕事で一番最初にやった仕事です。出合いです。 |
■初めてのレギュラー役
| 古川 |
中野寛次さんが演出した作品で、NHKの「大草原の小さな家」です。主人公ローラの夫でアルマンゾというのが出てきます。これが大きい役ですね。だけどそのときはもう無我夢中でなんだかわからずにやっていました。 僕はアニメーションも含めてデビューが遅かったんです。「白バイ野郎ジョン&パンチ」は30歳くらいです。「FBI」という番組で初めてアテレコと出合ったのは25歳です。 アニメとの出会いもちょうど30歳くらい。それまでドラマをやっていたので、本当に遅かったんです。 |
■「白バイ野郎ジョン&パンチ」について
| 古川 |
参加した経緯は、劇団で芝居をやっていて、ゲネプロの日にディレクターの方から電話がかかってきたんです。僕、まだ1〜2度の面識しかないディレクターの方でしたけど、「古川さんね、今度『SHIPS 』っていう海外ドラマが始まるんだけど、これに出てみる?」って。その頃は仕事が欲しかったから「なんでもやらしてください!」って言ったんです。そうしたら大きな役でびっくりしました。『SHIPS』じゃなくて『CHiPs 』だったんです。僕が聞き間違えていたんですが、船乗りの話だと思っていたら『CHiPs 』でカリフォルニア・ハイウェイ・パトロールスの略なんですね。 |
| 古川 |
パンチというキャラクターは、とにかく抜けるような明るいキャラクターですよね。笑ってばかりいるんですよ。だから、そのオリジナルの演技やセリフに負けないようにやろうと思いましたね。すてきなキャラクターだと思いました。ただ、難易度は高かったですね。そう思った理由の一つは、笑いです。泣きと笑いでいうと、泣きは簡単だけれども笑いはもっとも演技の中で難しいと昔から言われているんです。笑うのをコントロールするというのは、本当に難しい。自分で生理を整えて笑い出すのであれば、できないことはないんです。ただ、アニメや外国映画、海外ドラマでは向こうの俳優さんが突然笑い出したりするでしょう。編集でつないであったりもするし。それに合わせてセリフを言っていきなり笑うというのは、なかなか至難の業なんです。
田中秀幸ともその番組で出合って、僕は本当にラッキーだったと思うんですけれども、とにかく芝居がうまいんですよね。ですから、田中さんとのコンビでなかったら、あれはできなかったっていう気がします。あの作品の魅力の一つは、ジョンとパンチのコントラストの違いですよね。その落差をいかに大きくつけるかということで。それを演出的にも日本語版はもっと強調しようということでしたので。田中さんが非常に抑制のきいたきちんとしたお芝居をなさるので、僕がその照り返しで何とかいけたっていう感じです。田中さんとはラッキーな出会いだと思いました。 |
■「白バイ野郎ジョン&パンチ」の予告編
| 古川 |
当時、「白バイ野郎ジョン&パンチ」の予告編は反響を呼んだんです。深夜番組だから何だってできるよっていうノリで、ディテクターの方がコメントを全部考えたんですよ。アドリブもやりましたけど。 海外ドラマのシチュエーションとしては絶対あり得ないようなフレーズがいっぱい出てくるんです。例えば、パンチがジョンに、「おい、ジョン! 仕事終わったら、ちょっとめざしで一杯、赤ちょうちんでやろうか!」とか。そういうフレーズがいっぱい出てきちゃうんです。だから、きっと視聴者の皆さんは最初、びっくりしたんじゃないでしょうかね。あり得ない。それがでも、逆におもしろかったんじゃないでしょうか。それで印象に残ったんだと思います。 あるファンの方なんかは、予告編だけをつないだテープを持っていて、いつも聞いているっていう人がいましたよ(笑)。 |
■「白バイ野郎ジョン&パンチ」のふるさとを訪ねて
| 古川 |
数年前にカリフォルニアへ行きました。ベンチュラ高速とか、メリーセム何号とか、出てくるんです。そういったところを全部チェックしていきました。撮影現場となったオフィスは、そのまま、今も使われているんですよ。帰ってきてからまたもう1回ビデオに録ったものを見たら、ここだ!って。全く同じところでした。不思議な感動がありましたね。ここを走ってたんだって。 |
■「白バイ野郎ジョン&パンチ」グッズ
| 古川 |
あるとき、ホビーショップのようなところで「ジョン&パンチ」のカリフォルニア・ハイウェイ・パトロールスの制服を着たGIジョーがいたんです。ヘルメットも全く同じ。小物も全部、バッチまでついているんです。それをすぐ買っちゃったんです。それを買ったら、それがまたがるバイクが欲しくなって。CHiPs のポリス仕様のマークが入ったバイクを探したんですけれど、ないんです。 やっとそのサイズに合うものを見つけたら、それはハーレーのポリス仕様のバイクだったんです。それはピッタリ合うんだけれども、シリーズの最初はカワサキのポリス1000というやつだったんです。それが何とかないかと思って探したけど、探しても探してもなくて。先ごろ、インターネットオークションで、見つけましたよ、やっと。手に入れました。ちょっと高かったんですけどね。あれはもうないんじゃないですかね。ちょっとサイズが小さいので、そのフィギュアをまたがせられないのは残念なんですけど。ただ、そっくりなんです。映像の中と同じなので気に入っていますけど。 最初はあまり興味なかったんですけど、ファンの方がよく、食玩なんかの小さいフィギュアをくれるんです。それを集めているうちにおもしろいなと思って、今度は自分がはまっていって、自分がやったアニメーションや海外ドラマのキャラクターをどんどん集めていったら、2〜3年の間に何百体になっちゃって(笑)。1部屋をホビールームにしちゃいました。壁面が何となく飾れるくらいの数はあるんじゃないでしょうかね。ミニカーとかも含めて。数はもう覚えてないです(笑)。 |
■趣味について
| 古川 |
フィギュア集めが高じて、ジオラマも始めました。Nゲージを走らせるフィールドです。今製作しているのが3×6サイズですから、畳1枚分くらいのサイズです。そこに複線で151分の1まで走らせるんです。そういうところに小さなフィギュアを置いたりミニカーを置いたりするので、フィギュアとジオラマは、1種類の趣味だと思っています。 釣りは、某テレビ局の「Do!Sports」というナレーションをやらせていただいたとき、ロケーションに行ったらたまたま釣りの回だったんです。それからはまりました。もう一つは、「Dr.刑事クインシー」という番組で主人公の声をやっていらっしゃる宮川洋一さんという先輩の声優の方がへら鮒にはまっていまして。へら竿のいいのを「君にあげる」って、どういうわけか僕にくれたんです。それがきっかけで釣りにはまっていきました。そうしましたら、某釣り情報誌にエッセイを書きませんかという話があって。そして12年くらい書くようになりました。そうなったら、好むと好まざるとにかかわらず1カ月に1回は記事を送らなければいけないので行くようになって。釣れる回、釣れない回があるから、月に2〜3日、事務所から時間もらって、その時間、釣りに行くというふうになりました。ありとあらゆるものをやりました。すごい数だけど。 |
■古川さんのバンド:CHiPsについて
| 古川 |
スラップスティックっていう声優仲間でつくっていたバンドがあったんですが、みんなおっさんになって「ギターが重たいな」なんて言って終えたころ、劇団の連中と、新しいバンドをやろうかという話になりました。そこで、「白バイ野郎ジョン&パンチ」は自分の大好きな番組だったので、原題をそのままいただいて、CHiPs というバンド名にしたんです。 CHiPsは劇団の構成員でつくっていたバンドです。劇団に入団してくるメンバーには全員楽器をやらせるという方針だったんです。楽器をいじっているうちにライブをやろうかっていうことになるでしょう。 曲目は、自分たちがやっていたスラップスティックのものとか、僕らはGS世代なのでベンチャーズの簡単なものとか、そういうものをやっていました。練習ではCHiPs のテーマ、♪ターンターンタ タンターン♪ってやりましたよ。下手くそでしたけど(笑)。 |
■声をあてる吹替え作業の上で気をつけていること
| 古川 |
オリジナルの音声や芝居に、とにかく負けないようにということは心がけています。ある先輩が「絵に合わせるというような気分でやっちゃだめだ。自分の芝居をとにかく勝手にぶつけてしまえ。そうすると絵のほうがついてくるんだよ」ということを言ってくださったことがありました。やり始めたらその意味がよくわかりました。 たしかに合わせようとすると、オンエアを見ると、オリジナルの絵や音声に負けちゃうんです。勝手に、これは自分の芝居だ!というようにパーンと大きく出すと、結構それがはまってきたりします。プラスアルファの演技というか、向こうにピッタリ合わせるようにするというよりは、こちら側のオリジナルのプラスアルファを加味してやるという感じでやるようにしています。 |
■声優と舞台の違い
| 古川 |
演技ということでは根っこは同じだと思います。全く同じだと思います。ただ声優の演技というものがあるかどうかわかりませんけれども、声優の特質としてはやはり、マイクロホンの使い方であるとか、キャラクターの口の寸法に日本語のセリフの長さを合わせるとか、そういったことはあります。しかし、これらは演技の本質とはあまり関係がなくて、ちょっとやれば慣れるものだと思うんです。だから、基礎は大事だと何でも言いますけれど、基本は同じだと思います。声優の演技というものはないと思いますね。 |
■エネルギーの源
| 古川 |
エネルギーはあまりない人間なんだけどね。まあ、目立ちたがりだったり好奇心旺盛だったりということは、小さいときからあったんでしょう。でも、自分でエネルギーを持っているというよりは、周りの人たちからエネルギーをもらうというか、後押しされてという感じじゃないでしょうか。なんかこれをやりたいなと思うときに、ちょうどいいぐあいにいろいろな方が僕の前にあらわれてくださって、いろいろなことをレクチャーしてくださる。だから、自分のパワーというよりは周りの力だと思います。 例えばオヤジの言葉なんかもそうだったでしょうし、中田浩二さんという先ほどの座長の愛情持った教育もそうだったでしょうし、プロダクションのスタッフの方であるとか、ディレクター、プロデューサーの方。そういった方たちのバックアップがエネルギーです。 僕はできると思わないのに「この主役をやってみませんか」とかいう話は、僕からはどうにもできないことですよね。そういうのをもらって、それでいろいろなことをやってきた。お芝居の本を書いたりしたのも、「こういうの、やってみませんか」というお話があちらから来て。自分でやろうとしたというよりは後押しされてという感じだったと思います。 |
■エッセイ「劇薬処方箋」について
| 古川 |
まさに今言ったような、後押ししてくれる方が僕の前に次から次へとあらわれてくださって、そういう人たちからエネルギーをもらいました。それがちょうど、目立ちたがりの僕の性質をくすぐるというか、それに刺激を与えるような薬を処方してくださって。本当にうまいぐあいに僕が挫折しそうになったときにあらわれては、持続してやっていけるようにしてくださったんです。そういう意味で、そういった人たちのことを「劇薬を処方してくださった方」と言っています。演劇の劇と劇薬の劇……。説明することはないですね。それをひっかっけて「劇薬処方箋」と言っています。タイトルだけを見た人は怪しい本じゃないかと思った人もいるらしいですけれど。 そんな意味で、お世話になった方々へのお礼のつもりで書いたエッセイだったんです。 |
■古川さんに五つの質問
(1) 今、一番やってみたいことは何ですか。
| 古川 |
バディムービー(コンビもの)のようなシリーズ。「白バイ野郎ジョン&パンチ」のようなシリーズがまたやれたらいいなと思いますね。 |
(2) もし無人島に何か一つだけ持っていくとしたら、何を持っていきますか。
| 古川 |
生きているものだったら、かみさん。モノだったらバイブル。聖書かな。 |
(3) 好きな言葉は。
| 古川 |
オヤジからもらった「初志貫徹」と、もう一つは「いつも喜んでいなさい」。バイブルの中の言葉なんですけど、それが好きですね。 |
(4) 5年後の自分を想像してください。
| 古川 |
5歳年取ってると思いますって、バカなこと言って(笑)。あまり今と変わってないと思います。 |
(5) あなたにとって声優とは。
| 古川 |
ほかの皆さんからの評価は別として、自分では天職かな、と思っています。 |
FileNo.04 納谷悟朗
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「宇宙戦艦ヤマト」の沖田艦長、「ルパン三世」の銭形警部など、おなじみのあの声の方が「スパイ大作戦」ではマーティン・ランドー演じるローランド・ハンド役を演じていらっしゃいます。当時の「生放送アフレコ」など興味深いエピソードをお話して下さいます。 |
■役者になったきかっけ
| 納谷 |
僕は京都の立命館大学に通っていました。そのとき、演劇部があったんです。劇研です。周りはみんな京都弁なのに、演じるのはみんな標準語の本でしょう。だから、はじめは方言指導みたいなことをやってくれないかというで、京都弁を直してたんです。そのうちに、「おまえ、やったほうがいいんじゃないか」みたいなことになって。それがきっかけです。それまでは芝居なんてひとつも考えたことはなかったですね。
大学時代から今まで舞台から離れたことはないんです。いまだにやっています。吹き替えもやりましたけど、本命は舞台です。舞台を外したことはないんです。 |
■演じることの魅力とは
| 納谷 |
演じることの魅力っていうのは……。難しいですな。みんな、どんな役者だって「いろんな役ができるから」っていうことでしょう。舞台の場合は、とにかくお客さんと直に喋れる。これが一番魅力ですよね。 |
■声の仕事に携わった経緯は
| 納谷 |
当時(1950年代後半〜)は(30分ものを中心に)外国からいろいろな番組が日本に入ってきて、その吹き替えの役者をだれにしようかというのがあったんじゃないですか。それで、言ってみれば新劇の中堅どころっていうのかな。あんまり売れてねえやつを(笑)、使おうじゃねえかっていうことで。だから、いろんな新劇団からもいっぱい若手が来ましたよ。 |
■生吹き替えの現場の様子
| 納谷 |
まあ、やってる当時は大変でしたね。だって、とちったりなんかしたら絶対取り返しがつかないんですから。でもよく考えてみると、とちっても何しても、証拠も何も残らないんですよ。ですから、女が喋ってるのに男が喋ったりして、テレコになってる部分も山ほどありました。でも、ミキサーのほうも一生懸命声をとってるわけだし、ディレクターはディレクターで台本ばっかりチェックしてるし。役者のほうなんか見やしないですよ。役者は役者で勝手に喋って。
当時は、終わるとすぐ伝票くれて、その伝票を持っていくとそれがお金になりましてね(笑)。よかったですよ。行ってお金もらって、みんなで飲みに行ったり。生っていうのは、とちったら困るけれども、やってるときは真剣だし、30分なら30分、時間が経ったら終わるわけですから、気が楽といえば気が楽でしたね。 |
■アテレコ発祥の地・番町スタジオ
| 納谷 |
名前は忘れちゃったけど、あの辺の大変な人のお屋敷の一部を改造したんじゃないですかね。ですからはっきりした録音スタジオになってないから、蓄音機が故障すればだめだし、犬が鳴いちゃ中止だし。それは随分ありましたよ。防音も一応はあったんでしょうけどね。でも、しょっちゅうとまりましたね。夏は氷の柱を立てて、みんなパンツ一丁でやるくらい。空調なんてもんはないですよ。 |
■今のアテレコ形式について
| 納谷 |
今は天国でしょう。アハハ(笑)。僕らは、生のときは絶対にとちらない、絶対とちったらいかんっていう信念のもとにやってたみたいなところがあるでしょう。今の人は平気でしょう。いい悪いは別にしてね。でも、(今の環境では)いいものができるんじゃないですか。 |
■アテレコをすることについて気をつけていること
| 納谷 |
とにかく声で勝負ですからね。芝居は向こうがやってるんですから。それは向こうの芝居に合う声を出す。向こうのアクションに合った言葉でぶつけるっていうか。それしかないですよね。 |
■ジョン・ウェインの声
| 納谷 |
ジョン・ウェインの場合は、小林昭二君が亡くなって僕に変わりました。でも、ジョン・ウェインって、あんなにいい声で低い声じゃないんですよ。もうちょっと鼻にかかって少し甘い感じの声。それでやったら「だめだ!」って言うんです。「ジョン・ウェインっていうのは強いイメージがあるから、もっと強く!」って。それで随分ケンカしてやった覚えがありますよ。 |
■クラーク・ゲーブルの声
| 納谷 |
クラーク・ゲーブルは、もう、とにかくすごい役者ですよね。あの人が出てくると画面がパッと締まるっていうか。パッといなくなるとつまんなくなっちゃうような。これはもう、やってて楽しかったですよね。 |
■チャールトン・ヘストンの声
| 納谷 |
チャールトン・ヘストンは、僕に言わせるとうまくないんですよ。何やっても大して変わんないでしょう。ひとつのパターンしかできないみたいな。だから、吹き替えは楽だったですよ。きっとこうやるだろうっていうと、そういう芝居をやる。あの人は格調が高いっていう芝居が多かったから、それも合うんでしょうけど。大体ここでこういう声でこうやっていけば、っていうところがありましたよ。 |
■最近の映画を見て
| 納谷 |
だめですねえ(笑)。当時僕らがやってたあの連中、あのスターさんたちがみんな亡くなって、アテレコの第1期も全部終わったと僕は思っているんです。今はもう、全然違う段階の吹き替えじゃないですか。当時の僕らがやってたスターさんたちは、それぞれ個性がある芝居をしてたでしょう。ですから、やるほうも楽は楽っていうか。そういうところがありましたよね。今はとにかく、日本でもそうでしょうけど、リアルに、普通の芝居をやればそれが一番いいみたいな。どこか違うでしょう、もう。だからああいうハリウッドの往年の大作時代が終わって、僕らも終わって(笑)。というふうに僕は考えてますけどね、はい。 |
■「モンティ・パイソン」について
| 納谷 |
背の高い、ジョン・クリーズ。あれもだれかがやったやつを、2本目か3本目から僕がやったんです。セリフのほとんどがアドリブだから、台本だって言ったって、しょうがなかったですね。だから、(アテレコも)役者が好き勝手につくってしゃべって合わせて、みたいな。また、アドリブのうまいやつばっかりがいて。山田康雄とか、広川太一郎とか、青野武とか、飯塚昭(三)ちゃんとか。僕なんかまじめだったほうですよ(笑)。 |
■「ルパン三世」銭形警部
| 納谷 |
はじめ僕は五右衛門だったんです。そのとき銭形はだれがやったのか覚えてないけど、それで1本とったことがありますよ。だけど、虫プロのだれかが「納谷ちゃん、つまんないよ、これ。きっと」なんて言って。モンキー(・パンチ=原作者)もいて。僕は刑事の声もやってたものですから、銭形のほうがおもしろいんじゃないかっていうことで、途中でああいうキャラクターをつくったんですよね。あんな三枚目になるとは思わなかったですけどね。はじめはもうちょっとカッコよくやってたんですが、まわりがみんなカッコイイでしょう。それについてっちゃだめだ、少し三の線でずっこけようよっていうことで、ああいうキャラクターになったんでしょうね。 |
■「宇宙戦艦ヤマト」沖田艦長
| 納谷 |
松本零時さんは、僕のオヤジのイメージがあったって言ってましたよ。それで沖田っていう役がきて。あれはとにかくワンクールで終わっちゃうんですよ。みんな、打ち上げやったりなんかして。まさか、また続くとは思わなかったですよ。まして僕なんか1本目で死んじゃうわけですから。それでナレーションをやったりしてるうちに、生き返ったんですからね。あれはびっくりしましたよ。なんでおれが生き返るんだって(笑)。 |
■「スパイ大作戦」ローラン・ハント
| 納谷 |
はじめローラン・ハント役のマーチン・ランドーはゲストだったんです。それで出て、いつの間にかレギュラーになっちゃって。女房がいたせいじゃないでしょうかね。
登場人物のそれぞれが、変装したり、力持ちがいたりって、手づくりのおもしろさがあったんで、毎週楽しみでしたよ。 |
■「スパイ大作戦」パリス
| 納谷 |
(ローラン・ハントの後、パリス役を演じて・・・)僕は言われたらやるだけです。少しは声を変えたつもりですけどね。でも、変装しちゃうと変装したやつの声を使うわけでしょう。本人の声じゃないから。だからあまり僕らは気にしませんでした。 |
■「スパイ大作戦」の人気の秘密
| 納谷 |
さっきも言ったけど、手づくり(のおもしろさ)っていうかな。「エッ!?」ってやつを自分の力でやっていったでしょう。それが一番おもしろいんじゃないですか。今のスパイものみたいに、(何でも簡単に)ポンポンポンッてやったり、ピーッとやったり、機械で処理するっていうのかな。そういうものは一切ないでしょう。這って行くなら這って行くとか。そういうことじゃないですかね。 |
■「アンタッチャブル」について
| 納谷 |
あれもおもしろかったですね。日下(武史)君が(エリオット・)ネスをやって。あの人の声は特徴があるんで、あいつだけマイクが別なんですよ。「ここからこうやってしゃべったらネスの声だ」って、1本別にあって。ほかの連中は、当時の売れっ子が全部集まってましたよ。若山弦蔵がいたり、大塚周夫.がいたり、小林清志がいたり……。とにかくズラーッといて。昔のテレ朝の屋上なんかで、みんな遊んでましたね(笑)。録音するのが屋上のすぐ側にあったのかな。
僕は捜査官一家のはずなんだけど、出てきてもあんまり喋んないんですよ。ですから、「納谷ちゃん、今日、運転手の1ね」とか。「運転手の2は、そうだ、弦ちゃんが空いてるね」なんて。そうすると若山弦蔵さんと2人で運転手1と2をやったりね。結構楽しかったですよ、そういう意味じゃ。黒沢良ちゃんが、いつものあの渋い喋りじゃなくて、アハハキャアキャアとでかい声で喋って。はじめ「なんだこの喋りは」と思ったら、それですっかり売れちゃいましたもんね。だからいろんな意味で、みんな、実験したり何かしたりしたんじゃないですかね。「アンタッチャブル」で僕は、「コロンボ」の役者さんの声を何回かやりましたよ。ピーター・フォークがゲストに出てきた回に。彼は必ずどこか欠陥のあるような役を演じていて、楽しかったですよ、やってて。 |
■納谷さんにとって喜劇とは
| 納谷 |
一言では言えない感じがします。でも、僕は、「人間」だと思うんですよ。人間のドラマがあれば、そこに笑いもあれば泣きもあるし。それが喜劇だと、僕は思うんですよ。だから「人間」っていうふうに答えるのが一番の逃げ道でね(笑)。
人間が描かれてなかったら、僕は喜劇じゃないと思うんですよ。だから、引っぱたいて笑ったり、ひっくり返って笑ったり、これもひとつの喜劇パターンでしょうけれども、本来的な喜劇っていうのは、人間のあり方、人間の生き方みたいなものがきちんと出なかったら、喜劇はあり得ないと僕は思います。 |
■納谷さんにとって声優とは
| 納谷 |
最初はとにかく食うためにやったんですから。商売だと思っていますよ、僕はやっぱり。 |
■舞台と声優について
| 納谷 |
(舞台も声優も)同じでしょう。やっぱり基本っていうのは、喋って動くっていうことが演技ですから。例えばそれを声だけで表現するためにはどうすればいいか。そのためには、自分の中で「動く」っていうことを意識しないと、その声は出てこないんじゃないでしょうか。ただ難しいのは、動いてるのは向こうですから、向こうの芝居がこういうふうにやってるんだと把握しないとだめですよね。ですからそれが舞台と通じるところじゃないですかね。ある動きがあって、そのとき応ずるのはどういう声だろうっていうことでの声ですから。 |
■声優を目指す者にひと言
| 納谷 |
基本でしょう。さっき言った、いわゆる舞台という演技の基本をきちんとしないとだめだっていうことですね。 |
FileNo.05 広川太一郎
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「謎の円盤UFO」のエド・ストレイカー司令官、「ダンディ2 華麗な冒険」でトニー・カーティス演じるダニー・ワイルド、モンティ・パイソンのエリック・アイドルの声を吹き替えている広川さん。作品の魅力を引き出す練りに練られた神業的アドリブと独特のセリフ回しは有名ですね。
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■役者になったきかっけ
| 広川 |
小さいころ、学校の先生、ジャーナリスト、演劇活動が、僕の目にはカッコイイ仕事に映っていました。それで高校に入って演劇部に入り、その延長線上で日芸(日本大学芸術学部)の演劇科に入ったわけですから、(役者になった)きっかけとなると、(将来の夢に関する)三つのうちの選択肢の一つである、高校時代に演劇部に入ってしまったということですね。 |
■声の仕事に携わった経緯は
| 広川 |
吹き替えの仕事では第一人者といわれる東北新社というところがあります。そこに大学時代の4年先輩で小林 守夫さんという人が入社して(日本語版制作の)ディレクターになられて、僕に声をかけてくれたんです。 |
■声優としての最初のシリーズ
| 広川 |
しっかりとは覚えていないのですが、恐らく「シャノン」という30分のシリーズだったと思います。主演はジョージ・ネイダーです。 |
■「ダンディ2」について
| 広川 |
当時としては本当におもしろい、楽しい、エンターテイメント性が盛りだくさんなものでした。シチュエーションもよかったですね。今はあまり持ち役という形はないんですが、当時は大体、この俳優の吹替えはこの人・・・と決まっていて、それ以前から僕はトニー・カーティスをやり始めていたので、当然、僕のところに出演の話が回ってきました。
日本で日本人が聞くんだから、日本語として楽しくわかりやすい吹き替えにしたいと思いました。向こうのシステムとか文化とか、そういったものは結構無視しましたね。イギリスなのにレバニラ炒めが入ってきたりとか。半分はウケたんですけど、半分は「やりすぎだよ」とか、いろいろ言われました。でも、僕としては画期的な方向にいったんだから、まあいっちゃえ!っていうんでやりましたね。 |
■リズミカルな言葉が生まれた背景
| 広川 |
(「キーがなければ扉も開かぬ 開かぬ扉が気にかかる」のようなリズミカルなセリフを作り出すときに影響を受けたものは)特別ないと思います。大学時代に落語研究会をやっていた時の影響があるんじゃないかと言う人もいますけど。でも、僕がやってきたいろいろな習い事や体験したことなどが混ざり合って、ある種、僕の中にあるドライブ感覚とリズムとテンポみたいなものが相まって、ああいう表現になったのかな。だから、ああいう表現をすることが僕にとって楽しいし、おもしろいしっていうのがあったんじゃないですかね。
「ダンディ2」のアテレコは、大体収録の前日に映像を見て、台本でブレス合わせをして、あくる日が本番になります。だから、台本をもらった日の晩は夜も寝ないでというとちょっとオーバーですが、結構書き込んでから翌日行きました。だけど、そこまでする人は当時いませんでしたね。・・・今もいないかもしれないけれども(笑)。
本番でアドリブをやると、僕にとっては新鮮で楽しいし、ある種、周りにサプライズを感じさせるところがあります。でも、(アテレコは)1人でやってるものではない。みんなの共同作業ですから、「僕はここをこういうふうに直しましたんで、語尾はこうなります」と、リハーサルのうちから僕が書き足したものをしゃべりました。それでも周りの人には迷惑をかけたと思うんです。とんでもないことを言うから。リハーサルのうちにとんでもないことを言うことがわかっていても、本番になってやられると大変なんじゃないかな。だから、周りの人には結構迷惑をかけたと思います。思いますけれども、思いながらやっちゃったというのが「ダンディ2」です。 |
■「ダンディ2」の言葉遊びについて
| 広川 |
(なぜ生み出されるかというと)僕の才能? そう言っちゃうととってもばかばかしいんだけど(笑)。でも、これはとにかくイギリスのシリーズものだけれども、日本の人が聞いているんだから、今生きてる日本語でもって伝えたいなということが芯にあったんです。そのためには、ちょっととっちらかってもいいかなってやったことなんです。ものをつくるということに関しては、みんないろいろアイデアを出すわけじゃないですか。しゃべる、語るということに関しても、僕はそこにアイデアを持ち込んでいきたい。だから、そういう意味でのアイデアマンではあったでしょうね。
五七調のしゃべり方にしたほうがリズム感が出てくるし、テンポもいいし、耳ざわりもいい。日本人が聞くときに、「ナニナニナニしてナンとやら」みたいなことは、割とスッと耳の中に入ってきて、心地いい部分があるじゃないですか。だからそれを無意識のうちに僕はやっていたんだと思うんです。 |
■トニー・カーティスについて
| 広川 |
僕は吹き替えで早くからトニー・カーティスをやっていました。たまたまあの人は超二枚目からライトコメディみたいなものまでやってくれたので、僕もそれにあやかって幅はつくれたと思います。俳優さんとしてはそんなにうまい人ではないと思うんだけれども、でも僕のしゃべりの中では大切な人で、ありがたい人でした。 |
■ロジャー・ムーア(佐々木功)について
| 広川 |
ロジャー・ムーアも僕の持ち役だったんです。たまたまあのときにかち合って、結局はトニー・カーティスをやることになりました。それで、(佐々木)功ちゃんがロジャー・ムーアということになったんです。彼は、吹き替えの仕事を始めてまだ間がないころだったので、吹き替えのいろいろなことを知識として吸収したんじゃないかと思います。 |
■「ダンディ2」の魅力
| 広川 |
大げさに言えば、日本の吹き替えがどういうものであるかについて、今はある種のフォーマットができてしまっていて、言ってみれば良くも悪くも無難にできている。けれども、当時僕らがやっていたころは、あまりマニュアルみたいなものはなかったので、手探り状態でした。そういうことも含めて、今どこを探しても「ダンディ2」みたいな吹き替え版はないだろうなと思います。おそらく今見ても、今聞いても、すごく新鮮だと思います。ぜひ、今の若い人に見てほしいですね。 |
■「謎の円盤UFO」について
| 広川 |
僕は懐かしんで話すのはあまり好きじゃないんだけれども。でも、あの当時としては結構画期的なSFテレビシリーズだったですね。僕は何よりも気に入ったのは、未来を想定しているんだけれども、そんなに遠くない未来を描いていること。根底には結構「浪花節」な人間性みたいなものがあるんです。(エド・)ストレイカー司令官の家庭環境や、人間の悲しみとか憎しみとか恨みとかっていうものも結構裏側にありました。そういう意味で、SFものなのだけれど、結構くさい人間味がそこに流れていて、その辺が好きでしたね。(ストレイカーは)気持ちは浪花節なんだけれども、立場的には司令官であり、冷静沈着。だから、割とクールにセリフはやりました。
(衣裳に関しても)当時、ミニは流行っていましたね。今で言えばコスプレみたいな。それはそれなりに見ている人の中には、楽しく入り込んでいったんじゃないですか。僕らも見ていて楽しかったし(笑)。 |
■「Mr.BOO! ミスター・ブー」のマイケル・ホイを演じて
| 広川 |
僕は、生身で何かを演じるときもそうだし、吹き替えのときもそうなんだけれども、この役がどんなものなのかと一所懸命叩いて、返ってくる音でもって自分の中に吸収していくというとらえ方をします。この人の人生の裏にはこんなことがあったからというような分析の仕方はしないんです。だから、このシリーズの中のこの人のキャラクターとか有り様を、いち早く僕の中に僕なりの解釈で溶け込ませる。あとは周りのバランスとか演出家の意向などを採り入れて、自分の中で咀嚼して、バランスいい状態でもって表現していく。これが僕のやり方です。
要するに、吹き替えでミスター・ブーをやるのも、どうしたらあの人らしくできるか、僕は欲張りだから、「あの人らしく」以上に、日本人に日本語としてどのくらい楽しく伝えられるかをまず考えます。だから、あの役を日本流に増幅することをすごく考える方向で、僕はやってきました。ああいうコメディーものに関しては、なるべく生きた日本語で皆さんに見てもらおう、聞いてもらおうと思っています。というよりも、僕自身がそうやりたいと思ってやってきたんでしょう、きっと。
(いまだに話題なのは)あの当時、「うわあ、おもしれえっ」と言って見た人が、再びノスタルジックに言っているだけなんじゃないかな。今の人に反響があるとすれば、とてもすばらしいし、うれしいことだけれども。その辺が僕もよくわからないんですけどね。 |
■「ミスター・ビーン」について
| 広川 |
「ミスター・ビーン」を地上波のテレビでやったときは、確か、滝口順平さんがおやりになったと思います。そうすると、そのまんまやると滝口さんがおやりになったように、(ビーンは)「うーん」「あー」「うーん、あー」とかっていう発声だけで、セリフはあまりしゃべってないんです。それで僕が映画版の「ビーン」をやるとき、しゃべり過ぎのビーンをやろうと思ったんです。だから、彼が「うーん」とか「あー」とか言っているところに、いろいろセリフを入れていく。顔が見えないところにも入れていく。何かやっていて後ろ向きのときにも入れていく。
それをやることを嫌う人もいると思います。ビーンがあまりしゃべらないでやるからおもしろいんだ、と。ビーンをぶっ壊してくれるなという解釈の人もいるわけです。それは、僕はどっちがいい悪いということではないと思います。原作に忠実に吹き替えるのもあってよし、それをぶっ壊したものがあってもいいじゃないかということで、しゃべり過ぎのビーンをつくったんです。 |
■「モンティ・パイソン」当時の熱気
| 広川 |
当時はテレビのゴールデンタイムに洋画の吹き替えものがあった時代でした。僕は役者の中では、年齢的に言うと一番下っ端くらいだったんです。「モンティ・パイソン」の中でも僕が一番若い。そういうことで言うと、先輩たちにも臆することなくやっちゃえ!っていうのでやりました。それを快く思わない人もきっといたと思うんですけれども、「あいつ、やってるよ」って、いい意味で相乗効果が生まれたかもかもしれませんね。僕が通常の速度で走らないで、全速力で走っちゃうから、周りが「ちょっと待てよ」と言いながらもついてきちゃうというかな。のっけられちゃうっていうか。でも、それは僕がリーダーシップをとったというのではなく、「モンティ・パイソン」をやっていたときの先輩方も熱量を感じていたんじゃないですか。そうやらなければ仕上がらないということを、皆さん個々に持っていたんだと思います。それが僕みたいなね、ピーナッツが弾けるみたいなのが導火線になって、ワーッという勢いになったという気はします。それは僕のせいというのではなく、みんなそれぞれ持っていたものがポーンと弾けたという気はしました。 |
■アニメ「名探偵ホームズ」での役づくり
| 広川 |
「シャーロック・ホームズ」に対して、みんないろんなイメージがあるわけじゃないですか。例えばイギリスでつくられた「シャーロック・ホームズ」のシリーズは、原作に結構忠実で、キャラクター的にもしっかり合っていて、とてもよくできているもの。それはそれとして、宮崎駿さんのあの「シャーロック・ホームズ」はキャラクターがみんな犬。僕はシャーロック・ホームズのイメージではなくて、あの方の描いたあの絵とキャラクターをどうとらえるかだけなんですよ。だから、シャーロック・ホームズをやるというのではなく、あのキャラクターはどういうふうにやったらいいのかなと思ったときに、何話か重ねていくうちに、結構気取ってて飄々としてて、結構まじめそうなんだけどもちょっと抜けてたりっていうのが頭の中に浮かんできたイメージだったんです。それでああいうせりふ回しを自分でつくったんですよ。 |
■「吹き替え」の過去と今
| 広川 |
僕は、昔はこうで今はこうだというのをあまり感じようとしないし、好きじゃないんです。今は今。今はこういう場でこういう空間でものをしゃべっている、ものをつくってる。そういうことでしかないんです。そのときそのとき、時代時代で、僕は同じレベル、同じ熱量でやってきました。今、僕はほとんど吹き替えをしていませんが、たまに行くと知らない人ばかりだったりしますけれど、それは仕方のないことです。だから、その空間で、僕は僕なりにできることを精いっぱいやる。それをよろしく思わない人がいても、いなくても、あるいは逆にいい意味で影響を受けてくれる人がいれば幸いというくらいです。だから、あまりそういう細かいことに気を遣ったり思いをはせることはないです。それは、大ざっぱと言えば大ざっぱだけれども、僕の特質ではないでしょうか。うんと砕けて言えば、いいかげんっていう人なんでしょう、僕が(笑)。 |
■今後、吹き替えをやりたい人にメッセージ
| 広川 |
ものを表現する表現者になろうとする人たちにとっては、とにかく自分なりに基礎をつくることを怠らないほうが得だということは言えます。だから、知識もそうだし、訓練もそうだし、ある種、マニュアルみたいなものもあるはずなんです。それらを自分ではっきりしっかり吸収しておいて、その上に自分なりの構築するものをつくっていく。その努力だけはしておいたほうが得じゃないですか、ということぐらいです。こうしたほうがいいとか、ああしたほうがいいとは言えない。あとはその人の特質を生かせる場所を見つけるということは、きっと大切なことなんでしょう。なかなかそういうタイミングは難しいけどね。いずれにしても、しつこくなるようだけれど、基礎固めだけはしっかりしておかないと。ちょっとした揺れに対しておうちが崩れちゃったりしたらもったいないから、基礎は一応つくっておきましょうよっていうくらいかな。 |
■広川さんにとって声優とは
| 広川 |
ああ、難しいですね。例えば「声優とは何でしょうか」っていうのは、あんまり質問としてはよろしくないような気がします(笑)。咎めているのではありませんよ。しかし、要するに「表現者っていうのは一体何ですか」というほうが、僕にとっては答えやすいんです。
吹き替えだけのことを言えば、長くなりますが、自転車みたいなものです。いっぺん慣れちゃえば乗って行けるんです。だから、それを正確にきちんと乗っていくのか、少しパフォーマンスしてみるのか、あるいは曲芸してみるのか、曲乗りしてみるのか。そういうことというのは、その人の資質の問題です。「吹き替えって何ですか」という質問には答えていないかもしれませんが、僕はそんなふうにとらえています。 |
File No.06 小宮和枝
 |
「ER 緊急救命室」のケリー・ウィーバー役、「俺がハマーだ!」のドリー・ドロー刑事役、「スタートレックDS9」のキラ・ネリス副司令官役でおなじみの小宮和枝さん。とてもアクティブでステキな方です! |
■役者の道への第一歩 ・・・ 児童劇団
| 小宮 |
アナウンサーになりたいと思っていた小学2年生のころ、当時のNHK東京放送児童劇団から、合唱団と児童劇団の募集があったんです。音楽の先生に推薦して頂いて、NHK(当時内幸町というところにあったNHK)へ試験を受けに行きました。私はてっきり合唱団だと思って行ったんですけれど、児童劇団だったんです。小学校2年生で受かり、ずっと都電で通っていました。 |
■役者の道を歩み始めて
| 小宮 |
その児童劇団は中学までだったんです。それからは、芝居をやりたいという何人かが高校生とグループを組んで、今考えるとすごく幼かったんですけれど、戯曲の解釈なんかをやってたんですよ。俳優養成所にも行きました。そこは、1年で解散しちゃったんですけど。それで次の劇団を受けたいと思っていたのですが、(当時私は)NHKの青少年部でアルバイトしていたんです。人形劇がありますでしょう? 「ひょうたん島」とか「ネコジャラ市」とか。その(番組にきた)ファンレターのお返事書きをしていたんです。そのときにお借りしたデスクの前に「新劇」という雑誌がありまして、そこに井上ひさしさんの戯曲が載っていたんです。読んだらすごくおもしろくて。(その雑誌の)後ろを見たら、「テアトル・エコーで上演予定」と書いてあったので、これを見に行こうと思ったのが(入団の)きっかけでした。テアトル・エコーという劇団は、声の仕事をしている声優さんがすごく多かったんです。それで、私もその波に乗りました。 |
■初めて演じた作品
| 小宮 |
アニメですと「荒野の少年イサム」とか、その辺だったと思います。 |
■初期のアテレコ風景
| 小宮 |
今と違って映写でしたから。モニターではないのでものすごく時間がかかりました。「本番!」と声がかかって、スタジオが暗くなって、映写だから「5、4、3、2、1」と出ますでしょう。それでだんだんキューッと緊張が高まって、という感じでした。とちると、映写室にフィルムの音がするんです。カラカラカラカラと音がするんです。そうすると、「おまえのせいだ、おまえのせいだ」って聞こえるんですよね(笑)。とちると本当に怖かったですよ。 |
■声をあてる上で気をつけていること
| 小宮 |
そうですね……。その人の呼吸ですね。やっている内に自分の呼吸と近くなってくるんですけれど、初めは、その人の肺活量とかをチェックします。長くダーッといける人なのか、割と切れる人なのか。それと、キャラクターを演じることと並行していきますが、感情の出し方のタイプ分けはします。 |
■声を維持するために普段から心がけていること
| 小宮 |
私はとても幸せなことに、声帯が強いんです。ですから、過信してずーっと使えてしまうんです。ただ、だめになるとウンともスンとも言わなくなってしまう、ちょっと怖いところがあるんですけれど。強いて言えば、睡眠時間を十分に取ることですね。 |
■趣味について
| 小宮 |
私は多趣味でしょうね、ものすごく。養成所のころからずっとジャズダンスをやっていて、今でも続けています。それと、昨今のブームでヒップホップダンスもやっています。ジャズダンスといえば、21〜22歳のころかな、花のキャバレー回りをしました。アルバイトで(笑)。もう皆さん、ご存じかどうかわかりませんけれど、ザ・ピーナッツの使い古しの衣裳をお借りして、おへそ出してキャバレーで歌って踊ってしてましたね。
あとは三味線、長唄。三味線はお名前をいただいています。長唄をやっていていいのは、声の音域が落ちないことですね。音域って年を重ねるにしたがって落ちてくるんですよ。上の部分が出なくなっていくから。長唄は、その上を残しておきながら下を伸ばそうとする。だから始めました。それからマラソンもしています。フルマラソンに出て完走しました。10キロくらいはペロッと走りますよ(笑)。 |
■多趣味の理由
| 小宮 |
とにかく好奇心ですよね。ちゃんと走っている方に申しわけないんですけれど、一番初めに出たレースが、10マイルといって16キロ。でも、自分から走ろうと思ったわけではなくて、ずっと懇意にしている新橋の焼鳥屋さんのママが走っている方で、その方が交通事故に遭われてケガをされて、「エントリーしていてもったいないから、あんた走って」って言われたんです。「走ったことないからだめよ」と言ったんですけれど、ジムで3〜4キロ走ったら、ま、いけるか、と。それでやっちゃうという……。実寸を走ったことないのに、走ったら自分はどうなるのかなという好奇心で走れましたね。走ってゴールしたときに、どっちかなんですって。もう二度と嫌だという人と、次、何キロ走ろうかなと思う人と。たまたま私は後者のほうで。16キロ走って、次はハーフですからね。3回目はフルですから。生意気だと言われましたよ、走り仲間に。でもそれは、好奇心と、何と言っても走った後のお酒ですわね(笑)。これはもう、たまらなくおいしいですよ。 |
■「たしなむ程度」のお酒のはなし
| 小宮 |
私の場合、「たしなむ程度」のストライクゾーンがすごく広いんですね(笑)。(酒種は)洋の東西を問わず好きですが、強いてと言われれば、日本酒です。フフフ。今は「獺祭(だっさい)」というお酒に凝っています。山口県のほうのお酒なんです。……ここはカットですよ(笑)。まあ、5合は飲めますね。調子いいと(笑)。 |
■趣味は演技に影響するか
| 小宮 |
ありますね。初めてフルマラソンを走ったときに、「私はこれから、大概のことは耐えられる」と思いました。あのつらさを味わったら、大概のことは越えられますよ。
もともと肺活量はあるほうですが、(走ることで)より多くなってきているので、芝居の舞台やアテレコの仕事でも、かなりの長ぜりふをガーッといけます。だから、それはたぶん役立っていると思います。 |
■舞台と声の仕事の違い。
| 小宮 |
私は、お芝居という点では、根幹は一緒だと思います。ただ、舞台は、イタに載って、ソデから出たら、やり直しはききません。声の場合は、ちょっとかんだらやり直しはききます。でも、元は同じだと思います。どうデフォルメするかだけだと思います。 |
■海外ドラマの魅力について
| 小宮 |
まず日本のものと比較してみますと、限られた時間の中の構築の仕方が非常にうまいと思うんですね。私は、30分ドラマの「ソープ」とかやってきたんですが、その中の起承転結というか、序破急というか。とにかく構築がうまいですね。よくまとめると思います。そういうところに魅力を感じます。 |
■シチュエーション・コメディーの魅力について
| 小宮 |
あちらのものはラフ※が入っていることが結構多いですよね。そのラフに乗っかるっていうのかな。その場に居合わせられるんです、私は。だから、そこがすごく魅力的ですね。(シチュエーション・コメディーは、)多分に舞台劇として見ています。だから、その役に乗っける色も、かなり助けられますよね。
※ラフ・・・劇中に挿入される(観客の)笑い声 |
■印象深いキャラクター
| 小宮 |
うーん……。最近は何だっけな。映画で「コニー&カーラ」というのをやったのですが、あれはおもしろかったですね。女2人がゲイボーイに成り済まして、キャバレーで踊るのかな。すっごくおもしろくて。もう、自分で笑いながらやっていましたね。 |
■小宮さんが魅力を感じるキャラクター
| 小宮 |
何らかの強さがあるということですかね。仕事の面でもありますでしょう、強さって。あとは説得できるリアリティーがある。こんなことしないでしょうって周りから思われても、でも彼女だったらあるかもしれない。そのリアリティーを持っている人。それをこっちが感じて、よし、この役だったらこういうことも言えちゃうんじゃないかな。こういう声も出ちゃうんじゃないかな。そこを探るのが楽しいし、そういう何かひっかかるものがあるキャラクターが魅力的ですね。 |
■「ER 緊急救命室」への参加
| 小宮 |
ケリー・ウィーバーは第2シーズンからの登場なんですけれども、オーディションを受けて入りました。その前に1回だけゲストで出たことがあるんですが、えらい騒ぎだな、このドラマはって(笑)。録ってる最中に、うわあ、大変だと思ったんです。よもや自分が入るとは思いませんでしたね。 |
■ケリー・ウィーバーについて
| 小宮 |
先ほど申し上げたように、「強い」ですよね。上昇志向がものすごくあって、け散らしても「あ・た・しが行くのよ!」という強さがある。でも、もちろんそれは(医者としての)腕があるから成立するんですよね。プライベートなことを極力出さず、職場は職場という強さを感じます。(声については)オーディションのときに、ディレクターの方から要望がありました。ローラ・イネスってちょっと声が変わってますよね。少し細くて、つぶれてなくて、高くて。「その声に近づけられる?」って。私は「できます」。「その声、ずっと続けられる?」と聞かれて、「大丈夫ですよ」と言って、役を取りました(笑)。 |
■「ER」の好きな場面
| 小宮 |
言葉を失ったか、生まれつき口がきけない少女がいて、ウィーバー先生が、まくら元で結構長いせりふを手話を交えながら話す場面がありました。ウィーバー先生の独特の声には、何か原因があって、だから手話もできるのかなと思ったんですけれど、それは謎でわからないんです。その場面をやりながら涙ぐみましたね。
(ケリーは)プライベートはほとんど出さないんですけれども、生い立ちとか、恋愛関係もかなりすごいですよ。ちょっと目が離せません。 |
■医学用語のせりふについて
| 小宮 |
すごく難しい医学用語がいっぱい出ますでしょう? そうすると、何でもない漢字が読めなくなるんです。パッと見て。ものすごく難しく読まなきゃいけないのかなと思って、「へんとうつう」って、「それは偏頭痛(へんずつう)だろう」っていう話があります。みんな、肩ガチガチになってやってますよ。すごく難しい漢字には(フリガナ)振ってあるんですけれど、私は看護師のお友だちに、看護師さんが使っている辞書をお借りして調べたりしています。あと、ツボにはまって抜けられなくなっちゃうぐらい、かんじゃう場合があるんですよ。何回録ってもだめなときはもう、言いますもんね。「普通、医療現場だってかむやつはいるだろう!」って(笑)。 |
■「ER 緊急救命室」の魅力
| 小宮 |
もちろん、監修の医学博士もついていらっしゃるので、ものすごく専門的な面でもすごくよくできている作品だと思います。うそはない。それになお、人間的なドラマが並行して幾つもあるので、見逃せないですね。私たちも、どうなるんだろうと。あの2人、どうなるんだろうと、結構おもしろく見ていますから。 |
■「スタートレック」シリーズに参加して
| 小宮 |
「スタートレック」の前身になるんでしょうか。昔、「まんが宇宙大作戦」というのがあって、それに出ていたんですよ。ですから、「スタートレック」の実写に出られるって、すごくうれしかったですよ。 |
■「スタートレック ディープスペース・ナイン」 キラ・ネリス副司令官について
| 小宮 |
やっぱり、テキパキとして、副司令官ですからすごい男まさりで強い女性ですけれど、恋愛関係になるとすごく女らしくてかわいいんですわ、これが。そこにすごくひかれます。(シスコ役の)玄田(哲章)さんとは、アニメ「うる星やつら」とか、ずっと前からのおつき合いですからね。ツーカーですから。こういうふうに私が出れば、ガーッと出てくれる。すごくやりやすいですよ。 |
■声の仕事をして嬉しかったこと
| 小宮 |
私と中学・高校と同級生だった男性がいるのですが、彼の娘さんがファンでずっと見ていてくれたんですよ。それで、「私もやりたい」って言って、私の出た児童劇団に入って、今度は親を説得し、テアトル・エコーの劇団入って、今、研修生で頑張っているんです。ファンレターをちょうだいしたりして、「小宮さんみたいになりたい」とか「声優になりたい」と書いてくださる方はいっぱいいらっしゃいますよ。それもうれしいんですけど、実際にすぐそばにいて、それも幼なじみのお嬢さんなんていうと、すごくうれしいですね。 |
■講師として、声優を目指す人たちへのアドバイス
| 小宮 |
初めに「役者になりたいの? 声優になりたいの?」と聞くと、大体が「声優になりたい」と言います。「でも、今、声優をやっている人はみんな舞台の経験者よ。声だけの仕事、すぐマイクに立ちたいと思うんだったら、私のレッスンはだめよ」(と言います)。お芝居は、根幹は一緒だと思っているから、声優を目指しているあなた、あなた、あなた。みんな動かすよ。体、動かせるよと言って、どんどん動かせます。動かしていると、だんだんこれがね、舞台のほうに色気を感じてきたりするんですよね。だから、ここだけのお芝居は絶対やめましょうと言っています。 |
■「演技」することで重要視していること
■「リアリティー」について
| 小宮 |
すごく古い話になりますけれども、もう今辞められた、西田敏行さんがまだ青年座にいらしたころに、「写楽考」という芝居をなすって。これがすごくおもしろかったんですね。写楽が本当にちゃらんぽらんな性格で、パーッと出てきて。その当時はやっていた歌を口笛で吹くんですけれども、それは何とピンク・レディーの「ペッパー警部」だったんです。♪ピッピー ピッピッ♪と出てくるんだけど、これはあり得ないんだけど成立する。そのリアリティー。すごくおもしろかったですね。 |
■声優とは何か
| 小宮 |
うーん……。天職、なんて言いません。恥ずかしいから。違う意味で、飯の種ですけど、声優は……。うん。役者と同じくらい、体力勝負。体力がないと続けられない。 |
File No.07 田中秀幸
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「白バイ野郎ジョン&パンチ」のジョン役でおなじみのベテラン声優。ピアース・ブロズナンの声や、「キン肉マン」のテリーマン、「王様のブランチ」のナレーションなど、大活躍されています。 |
■俳優の道へ進んだ経緯
| 田中 |
子どものときにラジオドラマの仕事をやったことが、こういう世界に入るきっかけです。
僕が5歳のときだったんですけれど、当時、ラジオドラマがすごく多かった時代で、「アッちゃん」というドラマの主役を一般公募するという、今でいう公開オーディションがあったんですね。そのときに、映画好きの父が、「オーディションってどんなものか行ってみたい」というので、連れられてオーディションを受けました。500人くらいのオーディションだったかな。僕は、全く児童劇団などには入っていなかったんですけれども、そこでたまたま受かってしまったんです。その仕事をちょうど小学校の6年間やりました。それがそもそも、この世界に入ったきっかけですね。
そして、高校を出て、こういう仕事をやっていこうと思いました。それまで僕は役者の訓練みたいなものは一切受けないままにやっていたので、きちんと基礎からやり直していかなければいけないということで、桐朋学園の演劇科で、4年間舞台の勉強をしました。 |
■どんな子ども時代だったか
| 田中 |
僕はね、子どものときって本当に引っ込み思案で無口でおとなしい子だったんですよ。だから、子役をするというタイプでは全くなかったですね。当時の新聞の切り抜きやインタビュー記事などを見ると、「うん」とか「はい」しか発してない(笑)。よく続けられたと思うんですけどね。でも、役者をやってみたいという願望はありましたね。
大学の演劇科に入ったときに、このままじゃやっていけないだろうと感じましたね。芝居をやろうっていう人間って、結構、個性の強いのが来るじゃないですか(笑)。そんな中で、僕はこの性格じゃやっていけないなと思って、そのときに随分自分の性格を変えようとしたし、実際に変わりました。僕は大学時代に得たものは、お芝居のこともそうですけれども、それ以外のものっていうのも(幅を広げる意味で)とても大きかったと思います。 |
■声の仕事と出合った経緯
| 田中 |
僕は「アッちゃん」という番組をやめたあとも、学校に差し支えのない範囲で仕事をしていこうということで、いろいろな方から声をかけていただいていました。割と声の仕事って、学校の時間に支障のない時間でできたんですよね。だから、子供のときから声の仕事はずっと続いているから、どこで(声優としての仕事に)入ったかっていうのは、はっきりしないんです。 |
■声の仕事で印象に残ったもの
| 田中 |
初めてレギュラーでやったアニメの作品っていうのが「ドカベン」(主役・山田太郎役)だったということがあって、やっぱり「ドカベン」かな。 |
■ナレーション、アニメ、洋画吹き替えの違い
| 田中 |
異なるといえば異なるし、同じといえば同じだし。どうかな……。割と見たまま、感じたままにやるほうなんです。あまり物事を論理的に考えていけないタイプです(笑)。B型ですから(笑)。 |
■ナレーションをあてるうえで気をつけていること
| 田中 |
やっぱり、作品全体のカラーですかね。気をつけていることは。あとは、ナレーションの番組でもさまざまじゃないですか。ドキュメンタリーみたいなのもあれば、バラエティーみたいなのもある。僕が今、レギュラーでやっている「王様のブランチ」という番組は、いろいろなコーナーがあるので、そのコーナーごとの色合いをはっきりつけようとか。まあ、番組次第ですかね。 |
■息の出し方の違い
| 田中 |
(ナレーションと吹き替えで)自分では変えているつもりはないんですけれどもね。どうなんだろうな。うーん……。きっと変わっているんでしょう。おもしろいことに、ナレーションは座ってやるほうがやりやすいんですよ。せりふは座ったままだとしゃべれない(笑)。これは単に習慣なのかもしれないけれど。きっとそんなところで、やっぱり息の出し方とか使い方が違うのかもしれないですね。 |
■好きなキャラクター
| 田中 |
僕は、どちらかというと、ものすごいカッコイイ役よりも、とても内向的で弱い人間で繊細でというキャラクターが好きです。きっと自分が演じやすいんじゃないですかね。 |
■悪役について
| 田中 |
思い切った悪役って、そんなにないですね。(そういう役がきたら)やってみたいですね。うまくいくかどうかはわかりませんけれど(笑)。 |
■海外ドラマの魅力について
| 田中 |
海外ドラマっていうと、シリーズものっていうことですよね。やっぱり、一つの作品と違って何話か通して物語がつくられているということで、今回は彼が主役だけれど、次は脇役のだれそれにスポットライトが当たるというような、出ているいろいろな出演者に沿って話が進んでいくので、見ている側はその世界に少しずつ少しずつ、入っていきやすいというのが魅力じゃないですかね。 |
■「白バイ野郎 ジョン&パンチ」を初めて見て
| 田中 |
アメリカでもものすごく人気のあった作品なんですが、最初に「ジョン&パンチ」を見たときは、刑事ものにしては割と話が地味かなという印象がありました。それと同時に、ハイウェイパトロールのメンバーたちの日常みたいなものがすごく描かれた作品だったので、おもしろくしていけるかなという感じはありました。 |
■ジョンというキャラクターについて
| 田中 |
ジョンですか。まじめなパトロール隊員ですね。(彼の声をあてるうえで)そんなに気は遣わないで、思ったままにやりました。当時、深夜の枠でスタートしたということもあったので、みんな割と思ったままに、自由につくっていたんじゃないですかね。だから、多少オリジナルのキャラクターとは違うかもしれない(笑)。特にパンチなんかは、オリジナルよりもこっちの古川(登志夫)さんのつくった日本語版パンチのほうが、全然テンションが高いし。ジョンなんかも、オリジナルはあそこまでまじめなキャラクターじゃないのかもしれない。(古川さんとの取り決めは)したのかな。まあ、ジョンとパンチという2人のキャラクターを、はっきり性格づけしてしまおうということで、ジョンが聞き役、パンチがはじけたキャラクターという色づけは、向こうのオリジナルよりもはっきりしたと思います。 |
■「ジョン&パンチ」現場でのかけ合い
| 田中 |
楽しかったですよ。古川さんは、結構、台本にないアドリブをどんどん入れてくるしね(笑)。でも、アドリブを入れてくるといっても、古川さんの場合、思いつきで入れてくるんじゃなくてきちんと計算されてきたアドリブだから、受けに困るということはなかったです。
(後ろを向いているときにちょこちょこ入れたりすることも)ありましたよ、結構。見えないところは新しいせりふをつくっちゃったりとかね(笑)。 |
■「ジョン&パンチ」の人気
| 田中 |
ファンの方からの反響も多かったですし、ファンの集いみたいなものをあちこちでやりました。アフレコ実演はしなかったですが、バイクを用意して、ハイウェイパトロールの格好をさせられて(笑)。日本のオリジナルなんですが、エンディングを2人で歌っていたので、それを歌ったりしました。タイトルは、「カリフォルニア・サンセット」です。 |
■「ジョン&パンチ」の見どころ
| 田中 |
当時、日本語版をやっていたメンバーって、とても仲がよかったんです。しょっちゅう飲み会だとか旅行だとか行って。だから、オリジナル版よりも日本語版のほうが、ハイウェイパトロールのチームワークのよさみたいなものが出ているかな。その辺が見どころですかね。 |
■「帰ってきた白バイ野郎 ジョン&パンチ」を吹き替えて
| 田中 |
仕事とはいえ、とても懐かしい、同窓会みたいな雰囲気でしたね。 |
■「007」ピアーズ・ブロスナンについて
| 田中 |
ジェームズ・ボンドって日常的なキャラクターじゃないでしょう。「こんなキザなこと言わんでしょう」ってせりふばっかりだし。だから(ピアーズ・ブロスナン演じるボンドに)声を当てるときには、普通のキャラクターよりはちょっとつくっていったという感じですかね。 |
■「エイリアン」「ターミネーター」マイケル・ビーンについて
| 田中 |
マイケル・ビーンって、僕は好きです。とっても自分でやってて演じやすいというか。好きな役者さんですね。割と無理につくらなくてもすんなり自分が入っていけるという感じですかね。(好きな役者を1人選ぶとしたら)マイケル・ビーンかもしれない。 |
■アテレコの世界で変わったこと
| 田中 |
いろいろ技術が上がってきたために、今まで声の仕事をやったことがないような、いろんなジャンルの方たちが入ってこられるようになったということはありますよね。昔はとにかく、アテレコやアニメは慣れるまでに時間がかかる。ちょっと慣れない人が入ってしまうと、延々と時間がかかってしまって大変なことになってしまうというのがありました。でも今は、ものすごく技術が発達しているので、いろんなジャンルから入ってこられるようになった。そういう面ではおもしろいかもしれませんね。 |
■演技をするうえで気をつけている点
| 田中 |
常に自分の感性を豊かにしておくっていうことでしょうかね。 |
■演じることの魅力
| 田中 |
どうでしょうね。うーん、やはり、自分以外の人物になれること。普段の日常だったらできないような表現――例えば、大声でどなるとか。そんな喜怒哀楽を、役になりきることで出せるじゃないですか。あとは、みんなで一つのものをつくり上げていくという作業ですかね。 |
■田中さんにとっての「声優」とは
| 田中 |
やっぱり、舞台の仕事とか劇ドラマの仕事とか、やらせていただいてきたなかで、やはり声の仕事が一番、自分が何かを表現しやすかったという仕事だったんでしょうね。 |
File No.08 谷口節
 |
スーパーチャンネルでは何といっても「エンタープライズ」のジョン・アーチャー船長、「炎のテキサス・レンジャー」のウォーカー役でおなじみの谷口さんですが、そのほか「マックス・ヘッドルーム」のエディソン・カーターや「ザ・シールド」「ダーク・エンジェル」などドラマに多く出演されています。 |
■谷口 節さんの子ども時代
| 谷口 |
今、こんなことを言うと声優仲間たちも笑うのですが、恥ずかしがり屋で、シャイで、人見知りする。そんな子どもでしたね。 |
■俳優の道へ進んだ経緯
| 谷口 |
私は大学までずっとスポーツをやってました。小学校から高校までは野球、大学はフェンシングと、芝居とはまるで関係のない生活をしていましたね。
学校を出ても、大手商品取引会社の経理部で、粛々とお金を勘定しておりました。そのときに、1974年、昭和49年だと思うのですが、ある新聞のコラムに、黒沢良さんが日本で初めての声優教室を開くというのが出ました。小さいコラムだったんですが、それを見て応募したんです。何も演劇を知らずに。そうしましたら、30人くらい採る予定のところに、700数十人応募があったそうです。
受験会場に行きましたら、私、せりふも何も知りませんので、皆さんが台本のようなものをお読みになっているのですが、その紙をもらっても読む術さえ知りませんでした。それで受けたんです。もちろん、落ちたと思いました。・・・あろうことか、残ってしまったんですね。35名くらいを採ったのですが。そこから演劇の道が始まったんです。 |
■声の仕事(吹替え)をやってみたいと思った動機は?
| 谷口 |
僕は北海道の炭坑町で育ったのですが、家のすぐ隣が東映系の映画館でして、毎週週替わりで美空ひばりさんとか大川橋蔵さんとか中村錦之介――後で萬屋さんになりましたけれど――さんたち、彼らの映画を3本立てで見ていました。そういう映画がものすごく好きでしたし、洋画も好きでした。後で考えますと、どうもそのことが洋画の吹替えをやりたいという大きな動機になったのかなと思っているんです。 |
■はじめてのアテレコ(吹替え)
| 谷口 |
黒沢良声優教室の、アテレコ第1期生に選ばれまして、そこで1年近くトレーニングをした後にスタジオに入らせていただきました。それが第一声です。作品は軍隊ものでしたね。 |
■声の仕事が好きになった経緯
| 谷口 |
デビューしてから3年ほどやって、どうも芝居がうまくいきませんで、非常に悩んでいました。その頃、竹内敏晴演劇研究所というところに入ったのですが、そこは、感性を開こう、役者の感覚を磨こうじゃないかというトレーニングをしてくれるというところでした。そこで初めて、演劇の想像力にあふれるせりふというのに取り組むことができるようになりました。
それから、洋画の吹き替えは楽しいなとを感じることができましたね。どちらかというと、これまでもアクションにあふれる役柄というのが多いのですが、向こうの役者さん以上に声を画面から飛び出せるように、自分が表現できたというのは、嬉しいですね。 |
■印象的に残っている役
| 谷口 |
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のビフ・タネンという大きな男で、マイケル・J・フォックスをいじめる役にオーディションで受かりました。そのときに、マイケル・J・フォックスの頭を「もしもし」って叩くシーンがあるんですが、彼の頭の中の空洞をイメージできて、芝居ができたことが非常に嬉しかったですね。 |
■キャラクターへのアプローチ
| 谷口 |
これは人によって違うと思うんですけれども、私の場合は映像をまず見まして、そこで感覚的につかみ取っていくほうが多いですね。ですから、あまりこれがどうであるとか、解釈をせずに、見たままというか、その映像の役者あるいはアニメの主人公がどういうことを思っているのか、どういうアクションをしたいのか、どういうような方向でこれから動きたいのかということをメインに考ています。
今はビデオテープをリハーサル用に貸していただいて、うちで台本をチェックしながらするんですが、そのとき、完璧にはその役柄をつくり上げないようにしています。なぜかというと、練習でつくり上げてしまうと、本番で共演する方のせりふが聞こえなくなってしまう可能性があるので、相手の方のせりふを聞いてから、キャラクターづくりをします。相手がいて、キャラクターってできてくるのではないかなと思っていますので。自分で頑としたものをつくり上げていくと、本番で変えようがないと思うんですね。フレキシブルなところを残しておいて、本番でなるべく揺れるというか、ガチガチの主人公をつくらないようにしたいなとは思っているんです。 |
■ナレーションと吹き替えで違う点
| 谷口 |
(息の出し方は)変わらないと思っています。よく俳優さんで、「ナレーションはナレーション、吹き替えは吹き替え、舞台は舞台」とおっしゃいますけれど、僕はナレーションも吹き替えも舞台も一切変わらないと思ってやっているつもりですし、そういう思いです。 |
■自分の声を客観的に聞いてどう思われますか?
| 谷口 |
演劇のトレーニングをちゃんとするようになってから、あまり自分の声というのを聞かなくなりましたね。想像力とか対象に意識が向くと自分の声ってあまり聞こえなくなってくるんですよ。それでナレーションもやっていますから。
ナレーションのときに、耳に返りがくるんですが、なるべく返しをもらわないで、自分の声をあまりフィードバックしないようにしています。演劇も、芝居も、洋画の吹き替えのときも、フィードバックをなるべくしない。終わったことは終わったこと。先へ進む。というふうに、まるで舞台のような感じで取り組んでいるんです。 |
■これまで演じてきた役の中で、印象に残っている「好きなせりふ」は?
| 谷口 |
これはやっぱり、「スタートレック エンタープライズ」のアーチャー船長の言葉ですね。第1話で(第1話&第2話「夢への旅立ち パート1&2」)、クルーのメイウェザーに向かって、出発するときに「風を恐れるな」って言うんです。これは結構きましたね。非常に、今でも印象に残っています。
非常に大きなメッセージなのかもしれませんよね。現実にアメリカや日本でも、経済問題とか人間関係の問題とか、あつれきのあることが多いですから、ある意味では「ストレスを恐れるな」ともとれますし。いろいろな状況に対して「果敢に立ち向かえ」ということでもありますし。そういうメッセージだったのかもしれませんし。非常に好きな言葉ですね。 |
■「スタートレック エンタープライズ」について
| 谷口 |
ジョナサン・アーチャーが未知の世界へ向かっていく探索の旅、異星人とのファースト・コンタクトの旅ということで、全くわからないところへ旅立っていくわけですよね。彼は、非常な勇気と興味と好奇心を持っているわけですが、果たしてもし、私があの立場になったら、あんな宇宙へ行けるものだろうか。こんな宇宙へ飛び出して行けるだろうかと思うほどの恐怖ですね。ものすごく勇気がいるこだと思いますね。 |
■アーチャー船長について
| 谷口 |
声をあてているから言うわけじゃないですが、比較的彼のしぐさや目線や表情って好きなんですけれども。嫌いなところはほとんどありませんね。
−「宇宙大作戦/スタートレック」のカーク船長ばりに無鉄砲なところがありますが−
そうですね、みずから様々な場所に行き過ぎですよね。必ず命がけで危ないところへ率先して行きますんで。船はどうなるんじゃい、というような感じで。それが「スタートレック」のいいところなんでしょうけれど。
−アーチャーはどんな性格だと思いますか?−
バルカン人のトゥポルに当初、言われたことは、「感情的過ぎる」。でも私としては、感情的過ぎる役、あるいは暴力的過ぎる役というのをいっぱいやってきましたので、決してアーチャーが極端に感情的だとは思わないんですけれども。もっと感情的になってもいいのではないかと思いますが、やはり船長という立場から、非常に責任ある行動をとらなければいけないので、あの程度で抑えているのではないかなと思うんですけれども。 |
■スコット・バクラについて
| 谷口 |
意外とスムーズにせりふをしゃべられる方で、結構ナチュラルなんです。だから、ここは区切ってこうやったとか、ここからくっきりこうしたということが見えない役者さんです。ほかの作品で声をあてたときもそうだったんですけれども、やりやすいですね、非常に。 |
■「チャック・ノリス 炎のテキサスレンジャー」のおもしろさについて
| 谷口 |
(チャック・ノリス演じる主人公の)コーデル・ウォーカーは、ネイティブアメリカンの血が入っているハーフなんですね。それで、番組の中でも多々あるんですが、瞑想をして犯人の居場所を突きとめたり、どちらかというと、このデジタル世界で、アナログ的な発想というか、嗅覚で犯人を追い詰めていく。今の、犯人を追いかける捜査とはまるっきり違う手法で、コーデル・ウォーカーが追いかけていくので、その辺が一番おもしろいんじゃないかと思うんですけれど。
それと、トリベットが、ちょっと間の抜けたというか、ウォーカーとちょうどおもしろ弥次喜多になって犯人に迫っていくのが、非常にほのぼのとしていていいのではないかと思います。 |
■チャック・ノリスについて
| 谷口 |
チャック・ノリスさんも年を経まして、だんだん回し蹴りがゆっくりになってきたかなというふうに思いますし、犯人を追いかける足がですね、年々遅くなってきたということを、見て感じていますね(笑)。
ですから、恋人とのエピソードが増えたし、新人2人の保安官を導入しましたしね。自分の走りのカバーできないところを、若手にちゃんと走らせてアクションさせているんです。
「炎のテキサスレンジャー」は、最終的にはほのぼのするドラマです。ですから、私もコーデル・ウォーカーをあてるときに、演技をしているかどうかわからないような自然体であてたつもりなんです。 |
■発声について
| 谷口 |
「開いたのど」をいつも意識していますね。呼吸法とか発声を、人に教えるときがあるんですが、横隔膜を的確に使って、深い呼吸というのを教えます。大ベテランの滝沢修さんは、「俳優はかかとから声が出なければならない」とおっしゃっていました。いや、とてもとてもそんな、かかとからなんて声は出ませんけれども、おなかから響く声を、開いた声が出るようにということは心がけています。
滝内演劇研究所にちょうど来られていた、野口体操のかの有名な野口三千三先生などに、発声、呼吸法も含めて教えていただいたのですが、尾てい骨の底の底のところまで横隔膜が開いて落ちてくるというか。お尻のあたりまで空気が入っているというイメージをするということなんです。そうすると、普通の方は声の響きが胸の辺なのですが、だんだん下へおりてきまして、腰のあたり、あるいは尾てい骨のあたり、もっといくとひざのあたりまで響きがおりてきますから。「声がおりてくる、おりてくる」ってイメージするんです。 |
■声の仕事をしていて嬉しかったこと
| 谷口 |
アニメなのですが、「ワンピース」に出させていただきました。クリケットという、栗のようなものを頭に載せた役をやらせていただきましたときに、非常に反響が大きくて、皆さん、非常に喜んでいただきました。事務所にも手紙が来ましたし、ファンの方から喜びの声のハガキをいただいたりするんですよ。 |
■演技をする上で重要視していること
| 谷口 |
台本をいただいたとき、あるいは演技をするときに、やはりこれは私のメインのテーマですが、活字を読むということよりも、活字に書かれている、台本に書かれている映像というか、イメージをいつも外側に持って演技するように心がけています。 |
■俳優を目指す人たちへのアドバイス
| 谷口 |
やはり、台本を繰り返し読んでも、あるいはせりふを繰り返し読んでも、それはあまり・・・。こんなことを言っては何ですが、繰り返し読んでも意味がないので、書かれている内容で想像できる事柄をイメージする。我々小さいときには想像力がたくましかったのですが、だんだん大人になってくると想像力が乏しくなってきました。活字を見ると活字しか浮かばないとか、そういうことになってきますから。やはり、イメージをたくましくしていくことが、俳優につながっていくのはないかと思います。 |
■声優とは
| 谷口 |
アニメーション、あるいは洋画の映像を通じて、その映像に命を吹き込み、その音声で見ている方が喜んだり楽しんだりしていただける、非常に演技していて生きがいを感じる仕事だと思いますね。 |
File No.09 榊原良子
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アニメでは「風の谷のナウシカ」(クシャナ役)をはじめ、「機動戦士Zガンダム」(マウアー・ファラオ、ハマーン・カーン 2役)「機動警察パトレイバー」(南雲しのぶ役)、など凛とした知的な女性の役を多く演じていらっしゃる榊原さんは、「ER 緊急救命室」の”イギリスから来た才女”エリザベス・コーデイ役を好演していらっしゃいます。海外ドラマでは、ほかに「ツイン・ピークス」のシェリー役、「マイアミ・バイス」のケイトリン役などに出演していらっしゃいます。
|
■声優の仕事を始めたきっかけ
| 榊原 |
学生時代に演劇科で舞台をやっていました。それでいろいろな劇団を受けていた時に、声優の方たちが新しい事務所を立ち上げるので、立ち上げ公演を行う。そのときに若い人がいないので、誰かいないかという話があったんです。
たまたまその事務所に鉄腕アトムの声の清水マリさんという大先輩がいらっしゃいました。そのだんな様が、実は大学の恩師だったんです。山内先生という方です。その山内先生から「舞台をやらないか」とお声がかかりました。参加してやっていくうちに、社長さんや大先輩の方々から、「おまえ、声の仕事をしないか」というふうに誘われて。芸能界ってとても怖いところだと思っていたんですけれども、恩師の奥様もいらっしゃいますから安心だろうということで入れていただきました。
最初にやった声の仕事というのは、NHKのアニメーションだったんですが、ちょっとタイトルは忘れてしまいましたね。 |
■初めて声を収録する現場へ行ったときの印象
| 榊原 |
いわゆる声の出し方とか、そんなことを考えたこともなかったので、ただ無我夢中でした。侍女役で、危険が迫ってきて叫ぶだけだったんです。先輩の方に「そんな叫び方したらマイクが壊れちゃうよ」と言われるくらい、すごい太い声で何か叫んだということは覚えているんですけれども。 |
■アニメや洋画の吹き替えで印象に残ったキャラクター
| 榊原 |
やはり一番印象に残っているキャラクターは「ロミオとジュリエット」のオリビア・ハッセーをさせていただいたことですね。
実は大学時代、演劇科にいたときに、「ロミオとジュリエット」のバルコニーの場を稽古していたんです。でも、そのときには全然できなかったんですね。
ところが、「ロミオとジュリエット」の吹き替えのオーディションがあって受かってしまった。これは何なんだろうと思いましたね。それで、大学時代必死になってできなかったバルコニーの場がどうにかできたっていうのが、一番の思い出ですね。やっぱり継続は力なり。忘れないでやっていけばできるんだなっていうふうに思ったことです。それが一番印象に残っていることです。
あのとき、オリビア・ハッセーさんは14・5歳だったと思うんですよ。私はそのとき、24歳くらいで。大抜擢だったんです。初めての大役だったんですよ。それまでは女Aとか女Bだったんです。もう、大先輩で、この人絶対、オリビア・ハッセーだろうなと思う方もオーディションにいらっしゃっていて、その中で選ばれたものですから、とにかくびっくりして。
「ロミオとジュリエット」の練習中、たまたまダブって、アニメーションで「六神合体ゴッドマーズ」(フローレ役)の練習もやっていたんですが、「ロミオとジュリエット」の収録の1週間前に声帯に炎症を起こしてしまって、高い声が出なくなっちゃったんですね。もう、即病院に行って。通院しながら、せっかくの大役なのに、私はだめになるんじゃないかと思いながらやらせていただいたというのも、また印象に残っていることです。 |
■アニメ、海外ドラマ、ナレーションの違い
| 榊原 |
声の出し方に関して、演技では、役柄の性格・背景・生い立ちというものをまず最初に考えます。こうか、ああかって考えるうちに、たまたまそういう声になっていくという感じですね。
ナレーションにもいろんな種類があるのですが、ほとんど私自身の価値観とか、社会性とか、そういったものを元にしゃべっています。いわゆる演技とナレーションの相違というのは、リアル感の違いですね。ナレーションの場合、私はニュースが多いわけですけれども、現実なものですから。洋画とかアニメというのはつくられたものなので、そこのリアルな感覚の相違を区別しているということです。それで声が変わってくると思うんですけれども。 |
■キャラクターに対するアプローチ
| 榊原 |
いただいたキャラクターへの最初のアプローチは、VTRを見る前に、まず台本をにザーッと読むということです。そして、どういったかかわりが、人間関係が、その中にあるのかを考えて映像を見ます。そこで一応基本的な部分はとらえます。しかし、「なぞる」ということをしたくないタイプなので、自分なりに表現を――日本人としてですけれども――するために、向こうの方が演じている人格よりも、ちょっと違った形でつくっていくということもあるんですよね。日本人にわかりやすいようにつくるということもありますし。
あとは私の人間に対する見方ですか。それをどういうふうにその役柄に反映させていくかということですね。そういったアプローチですね。 |
■海外ドラマの魅力
| 榊原 |
外国の息吹みたいなものを知るっていうことと、日本人である私にはわからなかった、外国での価値観とか、習慣とか、そういったものを感じる魅力。それと、もう一つは、全世界、人間って変わりないんだなっていうのを感じてホッとする。それが魅力ですね。 |
■自分の声の特徴
| 榊原 |
私の声の特徴・・・。私は1カ月に1回、音声生理学の先生に見ていただいているんですが、ただ、専門的なことはよくわからないのですが、その先生いわく、倍音が多い、と。倍音が多いということは、非常に聞いていて落ちつく、癒される声だというふうに言われたんです。
でも、それは今だからであって、昔、マネージャーに言われたのは、「あなた、その悪声を何とかしなさい」と。「どういうことですか?」「あなた、まだ24歳でしょう。それなのに、すごい乾いた声よ」「じゃあ、どうすればいいんでしょうか」「うーん・・・。いつも心の中をきちっとして、バランスよく保っていれば、声もそうなるんじゃないか。だから、心に気をつけなさい」 と言われて、ああそうなのかと。いつも力が入ってばかりいたんですね、それまでは。ですから、力が入ることによって、すごいキツイ声になってしまったのが、その力を少しずつ解くことによって、今の声になったんじゃないかって思うんですね。
音声生理学の先生いわく、普通、ファルセットだと声帯が半分開いて摩擦され、地声だと大体、全部が摩擦されるんですね。私の場合、地声の場合も半分ファルセットに近いんです。その分、肺活量は必要になるんですけれども。そういった部分が倍音っていうのに関係あるんじゃないかと思うんです。
あとは、声帯を診てくださる先生いわく、「あなたの声帯は標本にしたいほど、すごくしっかりとした声帯です」というふうに言われてはいるんですけどね。
そういった、機能的なものとか発声の仕方とか、力の抜き方とか。そういったものもすべてかかわっていて、それで少しがさついた声になったとしてもホッとさせる、聞く人が安心して聞いていられるような声になるんじゃないかなと。
※「倍音」・・・ある音の倍の周波数を持つ音。モンゴルの伝統的な発声法「ホーミー」は、倍音唱法と呼ばれ、癒しの効果があるといわれている。 |
■発声について
| 榊原 |
発声っていうのは全身を使っているんですね。変な話、太ももの後ろのところまですべて使っていて、響かせているのはすべてのものなんですね。
でも、そのときそのときの感情的な表現では、のどに響くときもありますし、頭に響くときもありますし。変な言い方ですけれども、例えば断末魔の叫び声だとしたらば、声をワーッと張っていながら、声帯を、ぞうきんをギューッと絞るみたいな、そんなイメージで発声もしなきゃならないし。
だから、一概に、ここで響かせてあそこで響かせてというふうには言えないんですね。そのときそのときの感情表現によって違ってきますから。だから、その細かな違いを一つ一つ説明できるようになれればいいなと思うんですけれど。 |
■「ER 緊急救命室」エリザベス・コーディについて
| 榊原 |
エリザベス・コーディというキャラクターが最初に出てきたときには、がんばり屋さんで優秀だという印象がありましたね。とても気の強い方であると同時に、間違いとか失敗を犯しながらも、最終的には正しいことを選択しようと常に努力する潔い人だとに思います。
かたくるしいだけじゃなくて、リラックスもできるし、じゃれつくこともできるしっていう。そういったところがコーディさんの女性としての魅力だと思うんですけれども。
ただ、私は演じる側として、人間というのは必ずしも完璧じゃないので、コーディさんの欠点とか弱点とか、そういったものも出したいなという気持ちはありますね。 |
■「ER」第4シーズンのエリザベス・コーディ
| 榊原 |
印象的なせりふっていうと、ちょっと私、エッチなせりふが好きなので(笑)。ベントンさんを口説くときに、ゆで卵を食べながら、「私、すごいの」って言うところがあるんですけれども。そこが、私、一番好きで(笑)。
あと、活躍したという意味では、事故が起きて、そこに救急隊員と一緒に向かって、足を挫滅させている人を助けるという場面ですね。今でも覚えているんですけれど、引きずり出すシーンでは、収録で酸欠状態になって、終わった途端にクラクラッときました。声も傷めましたね。でも、やりがいはとてもありました。 |
■「ER」で好きなキャラクター
| 榊原 |
私が好きなキャラクターは、第4シーズンで出てくる、ロマノ(笑)。っていうか、キャラクターっていうよりもあの役者さんが大好きなんですね。ロマノをやっている役者さんが大好きなんです。
あの方、背が低くて、あまりハンサムでもないですよね。でも、聞いたところによるとうたって踊れる方らしいんですけれども。演技力もすごいし、あの裏打ちされたものというのは、努力以外の何者でもないと思うんですね。私はそういう人が大好きなんです。 |
■「ER」という作品について
| 榊原 |
私は救急医療というのがあれほどすごいものというのは、ずっと全く知らなくて。あれだけ10秒、20秒の間に人が救えるものなのかと。その技術のすごさに、唖然としました。それだけ先生方が人の命を大切にしているというか、とにかく生かすということを考えて処置をする。
それが、果たして私が先生だったらできるだろうか。瞬間に、本当に0.5秒、0.1秒の間に決断をして、パパパパッてできるだろうか。その決断によっては死んでしまうかもしれないって考えると、恐ろしいと同時に、人間の力ってすごいんだなって思う。そういったことを思わせてくれる番組ですね。 |
■生(なま)の現場のおもしろさ
| 榊原 |
私は、ニュース番組で生のアナウンスメントをやっていますが、本番30秒前に、最初に読まなければならない原稿が出てきて、チェックする間もなく読む。しかも化学的なものとか医学的なもので、わけのわからないことを読んでいくと、目がバーッと出ていくような感じでマイクに向かうということが頻繁にあります。
その必死に読んでいく姿を第三者が見たら、きっとこれはコメディーになるだろうなというような(笑)、そんな感じなんですけれども。ドキドキしながら、それでもこれも一つの修業というか、おもしろい経験だというふうに思って、毎回、吐きそうになりながらも頑張ってやっております(笑)。はい。 |
■健康や声を維持するためにやっていること
| 榊原 |
いろいろな先生やトレーナーに教えていただいた、筋トレと発声練習を必ずするということと、声を使ったら必ず声帯を潤す、そしておふろに入る。
声を支える筋肉というのは、「ER」でも出てきますが、胸鎖乳突筋とか、僧帽筋とか、いろいろあります。そこが支えることによって、声帯に変な力がかからないんですね。でも、こういったところが凝ってしまうと、力が声帯にボーンとかかってしまう。そうすると声帯が炎症を起こしたり壊れてしまうので、必ず体をリラックスさせる意味も含めて、おふろに入ります。あとはよく寝ることですね。 |
■趣味について
| 榊原 |
私の趣味というのは、プランターでお野菜をつくることと、習字をすることと、料理をすることなんですね。それもレシピを見ず。冷蔵庫にあるもので、今日は何をつくろうといって即興でつくるのが趣味なんです(笑)。はい。
自分がつくったお野菜、例えばバジルだとバジルソースをつくったり、白雪大根でサラダをつくったり。それをすることで、食べることに対してとてもありがたみが感じられるというか。
どうしても間引きしなきゃならないときがあるじゃないですか。ほかのものを育てるためには間引きしなきゃいけない。残念だけど、ごめんねっていう感じで抜きますよね。それによってほかのものが大きく育ってくれて、それがおいしく食べられるっていうのは、とてもありがたいことっていうのかな。
そういった自然とかかわっていたいっていうのもありますし、ほんのちっぽけなことなんですけれども、そういったことでもありがたみを感じられるようでいたいなって。それがなくなっちゃったら終わりかなっていう気がするので。今、スーパーホウレンソウをつくっております(笑)。そういうのを食べながらね、「ありがとう、ありがとう」って言いながら、「おいしい、おいしい」って言って食べるのが好きですね。 |
■声の仕事を目指す人に
| 榊原 |
声の仕事をしたい、勉強したいといらっしゃった方に、最初に私がしてあげたいことというのは、できればマンツーマンでやりたいのですが、心の開放ですね。
私がここまでくるのに、あまたの劣等感を克服するのに、どれだけの時間がかかったかというのがありまして。心を解放させる、体を開放させる、それをすることによって声が体全体に響いていくわけですよ。どこかに精神的に引っ張られるところがあったり、体が解放してなかったら、絶対に響かない。いい声が出てこない。いい声っていうのは、きれいな声とか美しい声っていうことではなくて、「生きた声」ですね。
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■榊原さんにとって声優とは
| 榊原 |
私にとっての声優っていうのは、うーん・・・。声優というよりも、表現者、声の表現者ですかね・・・。
声という、道具が一つしかない。その限られた中でどれだけ1人の人間の深み、人間の深みを表現できるかどうか。どれだけの感情の揺らぎを表現できるかどうかっていう、とても難しい仕事の一つだと思うんです。姿形が見えないだけ、頼るものがない。だからこそ、日々、自分を洞察し、人を観察し、物事を洞察し、物事を観察し。そこからどれだけのものを糧としていくかっていうことだと思うんですね。
日々、1人の人間としてどうやって生きているかが基本で、それが勉強で。それによって、やっとマイクの前に立てる、表現できる。それが声優だというふうに思っていますけれど。はい。 |
File No.10 大塚芳忠
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「新スタートレック」のデータ少佐や「ER 緊急救命室」のシェップ役、「新・アンタッチャブル」のエリオット・ネスなどスーパーチャンネルではおなじみの作品から、「Xファイル」のドゲット捜査官、「フルハウス」のパパや映画「ロード・オブ・ザ・リング」ではアラゴルンなどコミカルな役から渋い役まで幅広く演じられていらっしゃいます。 |
■役者という仕事に出合った経緯
| 大塚 |
私が田舎から18歳のときに東京に出てきました。ほとんど何のあてもなく出てきたんです。特別、役者を志すとか何かをやりたいなという思いは、全然なかったんです。ただ、あてもなく、就職する気もなく東京に出てきまして、あてもなくアルバイト生活を始めたんです。自分が何になりたいんだろう、何をするんだろうとずっと思ってたんですけれども、あるアルバイト先にお客さんが見えて、「君はずっとこんな生活をしてるの?」みたいな質問をされました。そのお客さんと話しているうちに、その方はあるテレビ局の外画のプロデューサーだったことが後でわかったんです。
その方の話を聞いているうちに、ああ、もしかしたら僕のやりたいのはこういう仕事かもしれないなと、その店で、バイト先で思ったんです。それで、まあ無理だろうとは思ったんですけれども、「よかったら、僕、そういう仕事をやらせていただけませんか。頑張りますんで、ひとつ、紹介していただくアレがあればしていただきたいな」みたいなことを言ったんです。そうしたら、「あ、いいよっ」とその方はおっしゃるんです(笑)。
あんまり調子よく返事されるもんで、ああ、またこんな調子のいい人はなと思って信用してなかったんですけど、1週間後に仕事が入ってきました。突然。「どこどこのスタジオに行け」。それで半信半疑でそのスタジオに行きました。30数年前です。それがこの世界に入るきっかけなんですけれど。
まあ、なんていうか、あてもない東京生活から、突然降ってわいたような幸運に巡り合った。そういうことですね、最初のきっかけは。初めての仕事は声でした。 |
■声の仕事の魅力
| 大塚 |
私が魅力を感じる点は、道具としては声と体だけですよね。それを駆使する職人という意味で、非常にやりがいのある、自分の体一つ、みたいな。言ってみれば、男の仕事っていう気がしなくもないんですね。それだけの声と体だけを使って、あらゆる役をやり分けていく。今日は優しい父親、明日は極悪非道な悪役。毎日毎日、そういう違う場面に巡り合えるっていうのは、本当に楽しいことだと思いますね。 |
■自分の声の特徴
| 大塚 |
私の声を自分で客観的に聞くことはなかなか難しいんですが。ほとんどの声は、自分ではあまり好きじゃないんですけれど。……まあ、そうですね。男ですから、こういう年になると低音のソフトな声が自分では出したいな。そしてまたそこに魅力のある役者になりたいなと思うんですけれども。その逆に、僕の好きな声は、高音のシャウトしたような(笑)、叫び系の声も、これは結構、自分では好きなんです。僕の仕事の半分は叫んでいると思いますね(笑)。 |
■キャラクターを演じ分ける上でのポイント
| 大塚 |
まず、私がリハーサルをしますよね。できるだけそのキャラクターを一生懸命見るようにしています。とにかくその人をジッと見ていれば、顔のちょっとした表情に、その人の裏側というか、人生というか、今まで生きてきた過去みたいなものが見える瞬間があるんです。それが見えたら、もう、そこをとにかく強調するというか、そこを中心にせりふをしゃべるというか。そういう思いでいれば、何となく彼のキャラクターにのっていくという気はするんですね。 |
■アニメ・洋画・ナレーションの違い
| 大塚 |
昔は、その違いはないと思っていました。一つの声を使ってやることだから、しょせん何でも同じだろうと思ってたんですけどね。最近、やっとわかってきました。これは、具体的にどう違うということは、なかなか言えないんですけれども。やはり、何でしょうね……。そのスタジオに行って、その雰囲気、それから、さまざまなキャラクター。それから、ナレーションなら、その原稿。その瞬間の、何か空気のようなもの……。そうすると、自然に何か違った種類のものが出てくるんですね。それは自分では具体的に、自分でどうしているかよくわからないんですけれど。……そうですね。こんなお答えで申しわけないです(笑)。 |
■声を維持するために気をつけていること
| 大塚 |
特別ないんです。お酒もたくさん飲みますし、飲んでカラオケも歌いますし、夜更かしもしますし、辛いものも食べるんですけれど。ただ、真夏でも口と首にタオルを巻いて寝る。これはもう、習慣になっちゃって、どんなに暑くてもそれがないと寝られない。結構、声にはいいのかなと。もう、何十年もそれをやっています。 |
■魅力ある悪役とは
| 大塚 |
やっぱり、セクシーっていうことでしょうね。魅力ある悪役は、ほとんどセクシーですよね。最近、僕は、ドラキュラを何種類かやらせていただきました。まあ、ドラキュラは悪役ではないでしょうけれども。やはり、すごくセクシーなんですよね。やっぱり、セクシーっていうのが一番のポイントじゃないでしょうか。 |
■海外ドラマの魅力について
| 大塚 |
私が海外ドラマの魅力を感じるのは、やっぱり、向こうの文化とか生活とか習慣とか、直に触れられる。日本では想像できないような発想を向こうの役者がする。せりふをしゃべる。それを直に見られるっていうことですね。だから、いろいろ日本人じゃ考えられないような展開。そこがおもしろいですね。また、向こうのきれいな女優さんがいっぱい見られる。ええ、その辺です。 |
■好きな女優
■「新・アンタッチャブル」について
| 大塚 |
禁酒法時代の暗いアメリカの時代ですよね。ノンフィクションという意味で、アメリカの成り立ちというか、本当のアメリカを見る上で、本当にいい作品だと思うんですよね。そして、暗い時代ですけれども、人間が生きるという、悪と正義の闘いの、その情熱の駆け引き、やりとり。手に汗握るような、裏をかく、またその裏をかくというような、その時代の息づかい。暗いフィルムの中で、人間の情熱というか、執念というか。そういうものがもろに見られるいいドラマだと思いますね。 |
■エリオット・ネスについて
| 大塚 |
静かに燃える人というか。悪に対する熱い情熱は、心に、だれよりも負けないくらい持っているんですけれども、それを冷静に、表にあまり出さない。カポネと冷静沈着に闘っていく。正義感の固まり。家庭に帰れば、実に優しい父親。……13年前なので、あんまり覚えていなくて、すみません。
(エリオット・ネスの魅力は)静かに燃えるところと、熱く家族を愛するところ。やはり、正義感の固まり。そういうところですね。ともすれば、僕は悪人のほうに声が転んでしまうので(笑)。そこは何とか、いつも正義の味方だぞというふうに言い聞かせながら、やらせていただきました。 |
■「新・アンタッチャブル」の見どころ
| 大塚 |
正義と悪との駆け引きですね。人間がお互い生きていくために、どれほどの情熱を持って闘っていくか。悪は悪なりの正義、正義漢は本物の正義。マシンガンをぶっ放すだけじゃなくて、人間のやりとり、駆け引き。暗い時代の中でどれほどのことを人間はやってきたか。生きるために。そういうところが非常によく出ていると思うので、そこを見ていただきたいと思います。 |
■「新スタートレック」について
| 大塚 |
私はSFというのはあまり、昔から好きじゃなかったんです。ほとんどの作品は見ていないような状態。「スタートレック」がどういうものかっていうのも、昔、映画をちょっと見たくらいで全然知りませんでした。だから、別にレギュラーをいただいたときも、何の感慨もなかったんですね(笑)。自分の役はアンドロイドだし。なんだ、つまんないな、とか思って1、2本はやったんです。ところが、ストーリーが毎回毎回、実に深くておもしろくて、どんどん引き込まれていきました。次の台本を早く見たいなっていうくらい。
最初はアンドロイドだってばかにしていたデータですけれども、これがまた実に深い味わい深いキャラクターで。もう、何というか、僕の仕事をしていく上でデータをやったことが本当に基本になっているというか。さまざまな勉強を、データによってやらせてもらった。今はそう思っています。
データはアンドロイドですよね。それで、人間の言葉をしゃべります。自分も感情を持ちたい、人間になりたいって常に思っています。だけど人間じゃないんですよね。どうしてもなれない。その葛藤がいつもあるわけで。その葛藤がチャーミングなんですよね(笑)。かわいいんですよね、この四苦八苦しているところが。だれよりも、人間たちよりも優秀な能力を持っているのに、アナログな人間になりたがっている。その七転八倒する苦しみが、本当にかわいくてチャーミングで。抱き締めたいくらい、データを本当に好きですね。 |
■データを演じてみて
| 大塚 |
向こうのブレント・スパイナーさん。非常にアンドロイドを演じていらっしゃるんですけれど、その表情が豊かなんです。アンドロイドが表情が豊かっていうのは変なんですけど、ちょっとした口の端とか目の端の動き、鼻のちょっとした動きによく感情が出るんです。そこをよく見て、ちょっとせりふを操作すると、いいアンドロイドになるんですね。それがもう楽しくてね。すごくすてきな、うまい役者さんだな、と。僕はちょっと表情を見ているだけで、自然にその中に入っていけました。
(思い出に残っているシーンは)娘のアンドロイドをつくるんだったっけな……。忘れました(笑)。兄弟も出ましたね、悪い兄弟が。ローアは別の人がやったんじゃなかったっけな。コアなファンがいますから、あんまりうかつなことは言えないですね(笑)。 |
■麦人さんとの共演について
| 大塚 |
麦人さんとは、「新スタートレック」をやる以前から、個人的なお友だちです。もちろん、大先輩ですけれども。長い時間を一緒に過ごした、酒を飲んだり、遊んだりした仲でした。ですから、気心はよくわかっていたんです。ただ、役者さんとしての歴史としては、僕の何倍もある方だし、さまざまな舞台や仕事を経験なさっている方ですよね。だから、すごくせりふ一つ一つの意味が深くて。僕が軽く渡したせりふでも、深い意味をもって返してくださるので、安心して楽に、気楽に全部お任せしてやったらすべてまとめてくださるな、という感じで、頼りがいがありました。 |
■麦人さんのカポネ、ピカードについて
| 大塚 |
ええ、もう、見事な悪役ですよね。ただ、カポネはカポネで、どこかかわいいところもあるんですよ。すごくチャーミングなところがあるんですね。ただの極悪非道っていうわけじゃなくて、人間の弱さも随分見せてくれるキャラクターですから。麦さん自身がまた、そういうところをよくとらえていて、ただの悪ではない。ちょっとチャーミングなかわいいところもあるというところを、カポネとして。
それから、ピカードは立派な人格者の艦長ですね。それはちょっと違和感がありましたけれども(笑)。……すみません(笑)。 |
■印象深い、スタジオの怖さ
| 大塚 |
仕事を始めたころのスタジオの怖さが一番印象に残っていますね。何しろ、先輩方がすごく怖かった。もう、それで、マイクの前に僕が立つと、後ろにズラッと先輩方が並んでいらっしゃるんです。背中を見られているわけです。人間、背中を見られるって本当に気持ちの悪いものです。しかもその怖い先輩たちばかりで。もう、冷や汗かいて手に汗握る。もう、せりふが言えないんです。怖くて。フィルムはそのまま通過してるのに、ひと言もしゃべらないで(笑)、そのまま終わったなんていうことも随分ありました。
さらに、演出家が怖いんですね。今は皆さん、優しくなりましたけれど、昔の演出家は怖かったですね。本当に僕は、仕事が入ると胃が痛くなって、登校拒否みたいに何度もなりました。本当に怖かったです。まあ、そのことは一生忘れないでしょうね。その怖さは。
怖いんですけれど、それはしょうがないですから、懐こうと思ったんですね。怖い先輩に。先輩たちはみんな、お酒が好きですから。「先輩、今日、金ないんですけれど、ちょっと1杯、一緒に飲みに行ってもいいですか」って言ったら、みんな優しく(笑)。仕事以外では優しかったです。
そんなことで、先輩方とふだん、何げなく口をきけるようになったらもうしめたもの。スタジオで無駄口をきけるようになったら、もう、緊張することもなくなりました。そういうふうに入っていったのはよかったなと思っています。 |
■吹き替え現場の変化
| 大塚 |
やっぱり、全体が優しくなりました。いい雰囲気になりました。あんまり怖い人たちはいいもんじゃないと思いますね。やっぱり、優しく心を開いて、みんながワイワイやった中でいいものができてくると思うんですね。まあ、締めなきゃいけないところは締めなきゃいけないんでしょうけれども。和気あいあいといいムードで和やかに。いいことだと思います。 |
■演技をするうえで重要視すること
| 大塚 |
難しい質問ですね。ちょっと待ってください……。こういう仕事ですから、言葉をはっきり伝えるということですね。人間にしゃべる、っていうことです。一つはそれです。もう一つは、やっぱり、いつも頭の中に実在する人間の像を描くということですかね。世界にいない人間のせりふをしゃべってもしょうがない。いつも僕らの周りにいる、ふだんの会話をしているその人たちの言葉をしゃべる。
昔、よく言われましたね。アテレコ調だとか、ドラマの言葉だと。その中だけの言葉、せりふじゃつまらないと思う。自然というとまた別のものになるんでしょうけれど。やっぱり人間の会話、人間の言葉。それをしゃべる。とにかくそのことを念頭に置いています。 |
■大塚さんにとって声優とは
| 大塚 |
難しいですね。でも、誤解を恐れずに言えば、僕にとって最高の趣味です。 |
■趣味:スポーツについて
| 大塚 |
昔、自転車に乗ってました。自転車でスタジオに通っていました。元気だったんですね(笑)。学生時代は野球をちょっとやっていましたから、体を動かすことは嫌いじゃないんですけれど。自転車は一番長くやりました。なぜか、そういうこと(ふだん、自転車で都内を移動する)を考えたんですね。それは楽しかったですよ。危険なこともありましたけれど。甲州街道で転んじゃったときは大変でした。車道で、危なく命を落とすということが何度かありました。 |
■声の世界を目指す人へのメッセージ
| 大塚 |
僕も苦労しました。だから、皆さんもきっと苦労なさると思います。でも、まあ、頑張っていればいいことありますから。ええ。苦労と思わないで。好きなことやってるんだから、とにかく辛抱して頑張ってください。ということですね。 |
File No.11 野島昭生
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ナイト2000(K.I.T.T.)、そして「CSI: 科学捜査班」ギル・グリッソム役でおなじみの野島さんが、声優という仕事、そしてその魅力を語ってくれます。野島さんは、古川登志夫さん、古谷徹さん、曽我部和恭さん、三ツ矢雄二さんと一緒に「スラップスティック」という当時人気のバンドではギターやベースを担当されていました。 |
■声の仕事に出合った経緯
| 野島 |
実は僕、声の仕事は子どものころからやっていまして、アテレコの初期からやっているので長いんですよ。当時は生放送でしたね。
それからしばらくたって、録音になったんですけれども、あれが一番いやでしたね。「ローハイド」という作品で、ヘイ・スースという馬番の役をやっていたんですけれども、最初から30分撮って、最後にトチると、また最初からやり直しなんです。これほどいやなものはないですよね。今みたいに「はい、オンリー」って間違えたところだけやり直すというのはできないんです。だから、もう、みんな必死でしたね。
本格的にレギュラーをもらってから印象に残っているのは、「ナンシーはお年ごろ」という作品です。
大統領の娘がナンシーっていう名前で、僕は獣医の青年役だったんです。そのレギュラーで初めて本格的にアテレコっていうのをやり始めたんです。
当時は声だけでなく、生の顔出しもいろいろやってたんですよ。スタジオドラマとか、TV映画とか。でも、やっぱりアテレコっていうのはおもしろいなと思って、どんどんどんどんそっちへいって。30歳前からはほとんどアテレコだけになりましたね。 |
■声の仕事の魅力
| 野島 |
声の仕事の一番の魅力・・・。まあ、声の仕事と言っても、アテレコ、アニメ、ナレーション、その他たくさんあるから幅広いですよね。アテレコに限れば、役にいかになりすまして、自分が日本語版で、その役にプラスアルファをしていくか。そして、さらにおもしろいものをつくっていくかというところに、魅力というより、おもしろみというか、僕はいつも心掛けていますね。 |
■ナレーションとアテレコの違い
| 野島 |
作品の内容がどういうものなのか、どういうターゲットなのか、何を言わんとしているのかをまず把握することを考えると、同じですね・・・。まあ、ナレーションの場合は、作品をつくった人の、こういう作品にしたいという気持ちがきちんと伝わってくるけれど、アテレコの場合は、映画を作った監督さんがいて、さらにアテレコの監督さんがいて、ミステリーだ、ラブだとか、いろんなテーマがあって、それぞれ理解しなければならない。結局、違いはないということですね。
まず自分の中で作品の内容をつかむっていうことは、ナレーションでもアテレコでも、ほかの仕事でも何でも一緒ですね。それがきちんとつかめないと、大変なんですけれども。 |
■発声するときに気をつけていること
| 野島 |
ナレーションの場合は、最後の語尾まできちんと聞こえるようにするということ。「〜であります」の「す」がきれいに聞こえるとか。せりふももちろん同じですが、せりふというのは生きているので、「そうじゃないじゃないか」「よしわかった」って、ちょっと語尾の音圧が変わってくるんです。ラブシーンだったら、ウィスパーで、「そうだったのか…」ってやってみたり、要するに、芝居が優先されるんです。
ナレーションの場合は、ある一定の音圧でずっと聞かせます。発声の違いはそのくらいで、自分の中の表現は同じですね。 |
■「スラップスティック」について
| 野島 |
「スラップスティック」ですね。最初につくろうと思ったのは、簡単な動機なんです。神谷明と、曽我部和恭ってのがいて、3人でよく飲みに行ってるスナックにギターがありまして、曽我部のギターがものすごくうまいんで、それに合わせてみんなでアニメソングとか歌謡曲とか、いろんなのを歌ってたんですね。楽しく飲んでいたんです。そしたら、その店がつぶれちゃったんですよ(笑)。
それで、バンドやりたいねっていうことで集まったんです。当時、ベンチャーズが僕ら3人とも好きだったんですよね。テケテケテケテケっていうやつ。それで、じゃあ、バンドつくろうかっていうことになって。だれかドラムが出来る人を探していたら、当時、古谷徹っていうのがドラムス持っていて、もう1人、サイドギターが欲しいなと探していたら、古川登志夫っていうのがやっていた。それで古谷徹の横浜の実家の2階に5人で初めて集まって、真夏に、発泡スチロールで囲って、音が外に漏れないようにして第1回目の練習をしたのが、それだったんです。全員汗だくでした(笑)。
それからも、スタジオを借りて何曲かつくったりして、自分たち5人でバンドを楽しんでいたんです。そのうち、随分できるものがたまってきたんで、思い切ってコンサートをやってみたら、これがすごい、バーッときちゃったんですよね。当時、古谷にしても、神谷にしても、曽我部にしても、みんなファンクラブみたいなのがあったんです。それがみんなウワーッと集まっちゃったから、すごい人が入っちゃって。
そしたら、そこに目をつけたプロデューサーがいて、じゃあ、これを営業でやるかっていうことでやったんですけれども。
それからいろいろな事情があって、神谷が抜けて。新しいメンバーを探していたら、プロデューサーの羽佐間道夫が三ツ矢雄二っていうのを呼んできて。そこからお笑いバンドみたいになっちゃったんですけれども(笑)。
そこからコンサートも年に2回ずつやるようになって。10年くらいの間にLPが12枚くらい出たのかな。それで毎回、コンサートあり、コントあり。大体、僕ら曲が少ないんですよ(笑)。曲が終わると、みんなのおしゃべりが、かなり長いんですよね。それから「じゃあ、そろそろ次の曲いきましょう」っていう、そういうコンサートだったんです。
でも、やっているうちに、アテレコの世界じゃなくて、一応バンドとして、NHKとかいろいろテレビに呼ばれて、出たんですね。そうすると、ああ、歌の世界っていうのはこういう世界なのかって、違う世界がかいま見れたというのが、僕の人生の中ですごく楽しかったですね。本職じゃないので、割と気楽に、客観的にそれが見られたということが、非常に僕の中ではいい思い出としてというか、いいものを経験したなっていう感じで残っていますよね。 |
■声の仕事で印象的だったこと
| 野島 |
30年くらい前になると思うんですけれど、「エリックの青春」っていう映画があって。白血病で死ぬ青年の役をやったんです。それを見て感動した方から、「自分は本当は死のうと思ってたけど、これを見て、やっぱり生きることの大切さがわかった」っていう、切々とした手紙をいただきました。そのとき、ああ、こういう仕事をやっていて、人助けじゃないんだけど、そう感じてくれている人がいるんだなというので、すごく嬉しかったというのが思い出としてありますね。 |
■「ナイトライダー」キットについて
| 野島 |
実は「ナイトライダー」のキットの役をどういうふうにつくるか、最初は何も決まってなかったんですよ。作品を見て向こうの英語を聞きますと、割とフレンドリーなんですよね。翻訳者の人にも聞いたら、やっぱり対等の英語らしいんですよ。それで、コンピュータっていうのを意識しないで、パイロット版をつくったんです。それを局の人、プロデューサーとみんなで見たんですが、やっぱり、これじゃあないなということになって。
じゃあ、どういうふうにするかっていうのでまた迷いまして。「じゃあ、ちょっとコンピュータっぽくやろうか」っていうので、「マイケル(・・・・)。どう(・・)しました(・・・・)」「どう(・・)したん(・・・)です(・・)か(・)」と、そういう感じでやったんです。それを全部また入れかえて、もう1回みんなで全部見たんです。そしたら、これでもないな、と。じゃあ、どうつくろうか。ディレクターと2人で、ずいぶん悩みました。
それで、「わかった! こういうの、どうだろう」というアイデアが出て。すごい兄貴とちょっとシャイな弟がいる。弟は兄貴のことが大好きで、シャイなんだけど、ちゃんと物事はストレートに話ができる。兄弟愛っていうのかな。そういうものでやってみようかと。だから、「お兄ちゃん、だめだよ」っていうのをもう少し大人っぽく、ちょっとコンピュータっぽく。「マイケル、だめですよ」。これでやろう、これでいこうということになったんです。
3回目で、やっとあの形のキットができたんですよね。だから、キットの性格、キャラクターっていうのは、アメリカ版とは全く違う、日本版オリジナルなんですよね。だから、産みの苦しみっていうんですかね、本当に大変だったんですけれど、それだけに、「ナイトライダー」を見て、マイケルとキットのやりとりを聞いて、楽しい、いい関係だというのを聞くと、「やったな、嬉しいな」というふうに思いますね。 |
■マイケル(佐々木功)とのかけあい
| 野島 |
いやあ、大変でしたね。佐々木功さんとの絡みっていうのは。なぜかというと、彼は本番に一番いいものを持ってくる人で。テンションが上がってくると、テストとちょっと違うんですよね。だけど本番では、マイケルとキットの声は別々に録らなければならなくて。
だから、本番になると、僕抜きでマイケルはしゃべるわけですよ。僕はすぐミキサー室っていうところに入って、ずっと聞いてるんですが、佐々木さんは、テストとちょっと違うテンションで、語尾とか「キット行くぞ」っていうんじゃなくて、「行くぞぉ」とか、ちょっと変えてくるんです。
僕は後ろで聞きながら、このせりふはこうきたって覚えておいて、それを頭の中に植えつけて覚えておくんです。で、佐々木さんのところが終わると、スタジオにバッと僕が入って、「すぐやってください」って。記憶が新しいうちに、彼がこう言ったっていうのを覚えているうちに、今度はどんどん、キットだけを録っていくんです。
キットの声は、後で加工しなくちゃいけなかったんですよね。でも、せりふっていうのは、相手がこうきたらこうくるってキャッチボールですから、やっぱり、マイケルとキットのかけ合いがおもしろくなければいけないので、その辺が、やるときに一番苦労したところですね。 |
■「ナイトライダー」の魅力
| 野島 |
まず、荒唐無稽で、どの年代の方も楽しめるということが第一ですね。それから、いろいろ事件を解決していくんですけれど、めったに人が死なないんですよ。大体、マイケルが最後、悪人を捕まえて、「じゃあ、警察へ連れて行け」って。ピストルが出てきて相手を殺すとか、そういうのは全くと言っていいほどなかったのかな。残虐なものもないし、おもしろいし。だから、お父さんもお母さんも子どもさんもみんな家で安心して見られる。そういうところのおもしろさが、一番受けたんじゃないかと思っているんですけれど。 |
■「ナイトライダー」で印象に残っているシーン
| 野島 |
大体、飛ぶところは好きなんですよ。バーンと飛ぶところ。あと、意外とキットが弱いところやマイケルの情けないところとか。シーンとしては、ナイト2000がドロドロに溶けていっちゃって「うわあ、助けてください…」というのが印象に残っていますね。あとは、それを直して真っ白になっちゃってるキットっていうのも印象的でした。
あとは何だろうな。あまり出てこないんですけれど、キットの兄弟かなと思ったら、実はそうではなかったという、カールという車が出てくる話があって。これも意外と人気があったんですよね。 |
■「ナイトライダー」の見どころ
| 野島 |
あんまり考えずに、楽しく見られるというのかな。安心して茶の間でもどこでも、ゆっくりとして見られます。ちょっとした若い美人の女の人もたくさん出てきますし。まあ、見て楽しんでください、ということですね。 |
■キットが人間的になってきたことについて
| 野島 |
自分のキットの声は、みんな、「だんだんだんだん人間的になっている」と言いますけれども、自分ではそういう意識はありません。ああいう番組というのは、録音を長い間していきますと、仲間でコミュニケーションがでてきて、あうんの呼吸がだんだんできてくるんです。そうすると、佐々木さんや、いろいろな人とのやりとりも、だんだんうまくいくようになってくるんです。それで、人間的になってきたと感じるんじゃないかな。
野島昭生としては、キットはあくまでもコンピュータだというのは、ずっとありました。 |
■「ナイトライダー」マイケルのキャラクターについて
| 野島 |
デヴィッド・ハッセルホフですか。いやあ、カッコイイですよね、背が高くてね。ちょっと会ってみたいなって。1度日本に来るという話もあったんですよ、当時。でも、残念ながら、キットの車だけは来たんですけれども、彼は来なかったんです。やはりデヴィッド・ハッセルホフの魅力も、あの番組の一つではないかなと思います。 |
■野島昭生さんの好きな言葉
| 野島 |
僕の好きな言葉ですか。普通に言えば、「自分に厳しく 人に優しく」。かっこよく言えばですね。それが基本で、心がけてはいるつもりなんですけれども。 |
■これから役者を目指す人へのアドバイス
| 野島 |
楽しいけれど、厳しい世界です。一度は夢を持って進んでもいいかもしれないけれども、大変だなとは思いますね。才能があるから売れるとか、努力したから必ず売れるとか保証は全くない。そういうものにプラスアルファがあるんですよね。だから、大変なことだと僕は思います。プラスアルファというのは、例えば運です。人との巡り合いや、いい作品に巡り合うとか、そういうことが運ですから。そこに恵まれたら、自分が何千人の中から選ばれてその役をもらうわけです。 それは才能や努力ではないのだから、大変だなと思いますが、それをわかって挑戦して欲しいです。 |
■息子について
| 野島 |
息子2人も声優やってますけれど、いつの間にかなっちゃったんですよね。芝居とか、声優界についてのアドバイスは、何もしたことないですね。「今度、こういう仕事をやるんだよ」「へえ、そうなんだ」というくらいの話はしますけれども。「これはこうだよ」「ああだよ」という話は、一切しません。
実は「CSI」という番組をやっているんですけれども、それにたまたま、ディレクターの方の粋なはからいで、長男と次男と次男の嫁さんを、一緒に呼んでくれたんです。それで、4人で同じスタジオに入って仕事をしたんですが、みんなは平気にやっているけれども、実は内心、一番ドキドキしていたのは僕じゃないですかね。 |
■演技をすることとは何か
| 野島 |
演劇論というのは、たくさんあると思うんですよね。スタニスラフスキーに始まって、ブレヒトとかいろいろあるんですけれども。
ただ、僕はせりふを言うときに大切にしているのは、その役の人がどういう気持ちでそれをしゃべっているのか。何を言っているかじゃなくて、その言っている自分の心は、何を感じて何をどう思ってそのせりふを言っているか。その感じていることを、一番大切にしていますね。もちろんそれを表現するのは、もっと難しいですよ。 |
■声優とは何か
| 野島 |
声優とは何かねえ。声の俳優なんですけれども・・・。俳優さんには、舞台、映画、テレビ、いろんな俳優さんがいらっしゃいます。演技っていうのは、根本的には全部同じだと思うんですよ。
ただ、僕らの声優という言葉ができたのは、まだ20年、30年、経ってないんじゃないですか。僕もそうですけど、昔、アテレコをやってきた連中というのは、劇団で芝居をやりながら、テレビとかそういうもので仕事をしていて、アテレコとかアニメーションに声を入れるということは、スタジオドラマとか映画とか、いろんなものに出ているうちの一つだったんですよね。それがしばらく経ってから声優っていう言葉が出てきて。
声優という分野ができたことはすばらしいんですけれど、僕にとっては「声優」と一つにはくくれない。一つの仕事のポジションですかね。ナレーションをやるとナレーター。声優は、声優。舞台をやれば舞台俳優になってしまうので、声優とは何かというと、声を生業にしている俳優。結局、そういう言葉になってしまいますね。 |
File No.12 矢島正明
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「宇宙大作戦/スタートレック」カーク船長の声で人気を集めた矢島さん。ほかには「ナポレオン・ソロ」のソロ、ウィリアム・シャトナーやロバート・ボーンの吹き替え、「鉄腕アトム」のヒゲオヤジなどの声を担当されています。
また、「逃亡者」「謎の円盤UFO」「ダラス」をはじめ、名ナレーションを数々生み出していらっしゃいます。現在、矢島さんのナレーションは「世界・ふしぎ発見」「オーラの泉」で聞くことできます、そうあの声の方です! |
■俳優、そして声優の仕事を始めたきっかけとは?
| 野島 |
なかなか一言でお答えするのは難しいですね。僕は子どものころ、近所の子供たちを集めて、紙芝居をやるのが大好きでした。得意なレパートリーが三つくらいありました。こんなことも一つのきっかけになっているのかもしれませんね。
でも、一番大きいのは終戦の年ですか。昭和20年の4月から8月にかけて。一番戦局の厳しい時代ですけれども。僕は中学1年でした。学校に通っていますと、昼間、偵察機が来るんですよね。そうすると、空襲警報が鳴り、授業が休みになる。そんな時に、僕はよく浅草へ行ったんです。金龍館、常盤座、大勝館。この三つが厳しい戦時下でも芝居をやっていました。そこで、きどしん(木戸新太郎)とか、しみきん(清水金一)という軽演劇をたくさん観ました。それも一つの下地になっているでしょう。
それから、高校3年くらいになりまして、今度は新宿のムーラン・ルージュですね。森繁久彌さんが中央へ出てしまった後のムーラン・ルージュではあったのですが、それでも中江良夫とかとか菜川作太郎とかという、錚々たる作家たちがいまして、結構おもしろい風俗劇がたくさんありました。そういうものを、授業が終わった後に道草をくって観たというのも、一つの演劇的な素地だったと思うんですね。
そして大学へ入って、今度は放送研究会に入りました。そのころになると、自分は演劇の世界で生きていきたいなという思いが定まってきていまして。でも、自分の背丈や顔では舞台栄えがしないなと思っていたわけですね。青春時代に。僕が生きられるとしたら、もしかしたら声の世界かもしれない。声が僕の一つの劇的な表現の道具になっているのかもしれない、というような思いがあって、放送研究会に入りました。
当時、大学のドラマコンクールがあって、私が主役を演じた創作ドラマが第1位になったことがありました。当時はまだ民放ができたばかりでしたから、たちまちそれが放送にのったりして。そういったことから、何か僕にも一つの可能性があるかもしれないというように思い出した。その辺がこの世界に入るきっかけになったのかもしれません。
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■最初の“吹き替え”の仕事
| 矢島 |
ラジオ東京テレビ(現TBS)の「海賊船サルタナ」です。強気をくじき、弱きを助けるという、そんな海賊の船長の役。僕は船長に縁がありますね(笑)。 |
■“吹き替え”をとりまく変化について
| 矢島 |
大きく変わったのは、なんといっても技術面の進歩ですよね。われわれが始めたときは、生放送の時代でした。それから録音時代に入りましたが、まだフィルムでしたから、フィルムを回し、そのフィルムの速度に同調するテープレコーダーが開発され、それらを同時にスタートさせて録音していくわけですね。
そのテープがまた貴重ですから、とちることができない。非常に手に汗握る思いで吹き替えをやっていた時代でした。今は、VTRでとちったら、そこからすぐにやり直すことができるし、どうしてもあのシーンが不満だったなと思えば、後からそこを抜き録りして入れ替えることもできる。そういう意味では非常に技術的に進歩しましたし、その技術の便利さの上にのって、われわれ役者も、思い切った芝居が、100%きちっと気持ちを入れてやれるようになった。これが最も変わった点だと思いますね。
変わらないということは、何でしょうか。・・・吹き替えというのは、向こうの役者の絶対的な価値の一つである声というものを、われわれの声と入れ替えるわけですよね。ですからこれは、考えようによっては非常に失礼な話だと思いますよ。ただ、ある社会的な効用があって吹き替えというのは必要なんでしょうけれども。ですから、われわれの罪が許されるとしたら、向こうの役者がやったことに100%に近く、限りなくその役者の創造したものにこちらが追いついていくということ。そういう意志ですかね。やっている人たちは皆、そう思ってやっていると思うんですよね。僕もそう思ってやっていますけれども。それが変わらないことと言えば変わらないことなんじゃないでしょうか。役者が少しでもいい吹き替えの日本語版をつくろうという「良き意志」ですね。
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■“声の仕事”の魅力
| 矢島 |
まず吹き替えのことで言えば、なんといっても向こうの役者の演技のリズムに、しっかりとこちらがのれたぞと確信したとき。それは非常な醍醐味ですよね。それからもう一つは、向こうの役者に触発されて、自分が思ってもみなかった自分の中の可能性を、その役者によって引き出されてしまう。そういう瞬間っていうのがありますよね。それは、「あ、僕の中にこんなものがあったんだ」という喜び。これが吹き替えの魅力といえるかもしれませんね。
ナレーションに関して言えば、自分の思うような声がしっかり出せて・・・。つまり、われわれは生き物ですから、自分の声がよく響いているとき。今日はまったく響きませんけれども(笑)。そのときにはひとつのゆとりができますから、自分がこういうふうに表現したいと思うことが、思うようにいけるわけです。声がついてきてくれないと、自分が表現したいと思っていることの何%しかできないと思うんです。自由自在に自分の声を操ることができる日。それはひとつの、ナレーションの醍醐味ですね。
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■自分の声を客観的に聞いて思うことは?
| 矢島 |
僕は自分で、非常に平凡な声だと思いますね。自分の声は特別だと思ったことはあまりないですね。多少は、「お、いいかな」と思うことはありますよ。そういううぬぼれがないと、こういう稼業はやっていられないんですけれども(笑)。でも、客観的に、冷静になって考えてみれば、自分の声は非常に平凡な声だと思いますね。
例えば、若山弦蔵さん、大平透さん、納谷悟朗さん、熊倉一雄さん。いろいろ多彩な声があるじゃありませんか。だけれども、そういう声と比べたら、僕のは非常に平凡ですよね。ただ、それを支えているある種の語り口、イントネーション、例えば語尾の処理とかに、もしかしたら僕のパーソナリティーがあるのかもしれないなということは時々思いますね。
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■自分の声の特徴について
| 矢島 |
例えば、「リチャード・キンブル 職業 医師 ただしかるべき正義も時としてめしいることがある」。こういうふうに、つまり一つの流れをどうつくるかということですよね。止めて、止めて、流す。そういう自分なりの語り口のリズム感と流れを醸造する。何かそこに僕の、少し特徴があるのかもしれないな、と思うんですが。 |
■作品づくりへ取り組む第一歩
| 矢島 |
台本をもらったら、まず自分のせりふをチェックします。次にあらすじを読みますね。あらすじを読むと、大体自分の役柄がどんなものか頭に入る。そしてイメージする。それからVTRを観る。
VTRをいきなり観ちゃうとね、映像の中に埋没しちゃうんですよ。役者というのは、どうしても自分が直接的に吹き替える役者に集中しちゃいますから、全体が見られなくなるでしょう。だから、なるべくそれを避けて、あらすじを読むことによって、その作品の中での自分の役柄の位置をまず?んでおいてから、基本的な態度を決めて映像を観る。そういうことがこのごろ多いですね。
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■演技をする上で重要視すること
| 矢島 |
やっぱり声ですね。本番に向かって、その役柄らしい声をどういうふうに整えていくか。それは、なかなか計算どおりにいかないんだけれども、でもそこに注意力を集中させるんです。その役柄らしい声が出るように、自分なりにトレーニングをするわけですよね。そのためには睡眠をちゃんととっておいたほうがいいのか、酒を飲んでちょっと荒らしておいたほうがいいのか、とかね。そういうことをまず考えますね。
簡単に言ってしまえば、向こうの役者の演技をきちっと読み取って、その演技のリズムに肉体的に、生理的にのるということです。それで、向こうの役者がやっていることを的確に日本語に置き換える、ということでしょうか。それが基本的な演技の心構えですよね。
最終的には、その映像の中に、自分の声の印象が消えこむことが理想です。だから、矢島正明がその声をやっているということを誰も意識しない状態が、僕はいいと思います。カーク船長を観ていただいて、「あ、矢島正明だ」と、こう思っていただくのは、僕にとっては不本意なんです。やっぱり「あれはカークだ」と思ってくれればいい。それは僕の声が完全にウィリアム・シャトナーという肉体の中に消えこんでいるというわけですよね。だから、声のパーソナリティーが映像を超えて、直接聴き手に訴えてしまうというのは、僕は吹き替えとしては邪道ではないかと思うんですよね。
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「宇宙大作戦/スタートレック」との出合い
| 矢島 |
とにかくあれはもう40年近い前ですから、記憶がしっかりしていないんですけれども。ディレクターは、「この作品は市ヶ谷スタジオで録っていた」と言うんですが、僕は赤坂の三栄スタジオで録っていたと思うんですよね。そのくらい記憶があいまいになっているんですけれども。そこで観た、最初の「宇宙大作戦/スタートレック」の印象というのは、非常に荒唐無稽に感じたというのが正直な気持ちですね。
あの衣裳といい、あのメイキャップといい、あの背景といい・・・。本当にこれは、ファンの方には申しわけない感想なんだけれども。でも、回を重ねるごとに、だんだんおもしろくなってきて。われわれが思っている命というものの形態も、こんなふうにいろんな形が考えられるんだということだとか。未知のものを理解し、それにコミュニケーションを持とうとする。そこから未来が開けていくのだという「スタートレック」の世界観とか。
そこへ至ったのは、それこそ何十年という航海の末ですよ。むしろファンの方に教えていただいたというのが偽りないところですね。
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■「宇宙大作戦/スタートレック」カーク船長について
| 矢島 |
カークは理想の船長じゃないでしょうか。つまり、弱さを抱えた人間の、ひとつの理想的な人物像と言ったらいいのかな。カークは、ある状況に直面したとき、とても迷うことがありますよね。スポックが言うこと、マッコイが言うこと、チャーリーが言うこと、あるいは周囲が言うこと。その中で自分はどういう決断を下すべきか。非常に迷っていく。そこですごく情けないくらいに迷うことがあるじゃないですか。本人も悲しくなっているなというのがわかるような。そういう人間の弱さを認めた上で、ギリギリの決断をする強さが生まれてくる。そういうものとして人間を見ているというところでしょうか。 |
■「宇宙大作戦/スタートレック」 ウィリアム・シャトナーについて
| 矢島 |
ウィリアム・シャトナーというのは、僕にとっては永遠の宿敵ですね。とにかく、かなりエキセントリックな演技プランを、非常に頭脳的に考えていらして、そしてそれを何とかご自分の肉体を通じて形象化しようとするタイプの役者ですよね。ですから、生理的な発想に逆らって芝居を組み立てることがあります。
そこがシャトナーの魅力でもあり、吹き替える役者の立場から言うと、これが不条理なんです。どうしてそんな落とし穴をつくってくれるんだとか、どうしてもう少し気持ちよくこっちの情動を刺激してくれてもっと気持ちよく芝居をさせてくれてもいいのになと思うところに、グッとブレーキをかけられたり、ブワッと押し出されたりする。そういう芝居が多いですよね。でも今は、それが僕にとっての生きがいになっていますね。
40年近くウィリアム・シャトナーさんという方と付き合ってきて、少しずつその辺の、シャトナーの息合いというものがわかってきて、それを少しずつ自分も正当化することができるようになってきた。それが「スタートレック」によって、役者・矢島正明が育てられたという実感を、本当に、70歳を過ぎた今になって思っております。
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■「宇宙大作戦/スタートレック」 お気に入りのエピソード
| 矢島 |
役者として非常に印象に残っているのは、やはり「二人のカーク」です。転送装置の故障でカークが、善のカークと悪のカークに分かれてしまって、2人が渡り合う。これは1人で2役やるわけですから、こんなうれしいことはありませんでしたね。本当にファンの皆さんには申しわけないんですけれども、役者としてはこのエピソードが最も強烈に印象に残っているんです。お許しください。 |
■「宇宙大作戦/スタートレック」カーク船長とスポック副長のコンビについて
| 矢島 |
とにかく久松(保夫)さんの、あのすばらしいエロキューションに、こっちはついていくのが精一杯でしたからね。ですから、とにかく久松さんの芝居を乱してはならぬ。ということは、こっちがとちってはいけない。何とかウィリアム・シャトナーの吹き替えとして、そのシーンをしっかりと乗り越えること。あの作品をやっていた当時、僕はそれだけで精一杯だったという感じが否めませんね。 |
■この先、「宇宙大作戦/スタートレック」のような未来社会がくると思いますか?
| 矢島 |
僕はその辺をあまり想像してみたことはないですね。でも、くるんじゃないですか。そういう人類の未来を、「スタートレック」同様、僕は楽観的に感じているかな・・・。
まあ、人間はそこまでいかなくてもいいのかなとも思いますし。でも、1回、もうこの科学の進歩の流れに乗ってしまったものは、なかった昔には戻れないわけで。われわれ人類はそれをいかにして、どうにかして克服していかなければならないんでしょうね。文明の流れとしては。
だけど僕は、携帯電話でさえ、去年までは拒否していた人間ですから。ましてパソコンはいじりませんし。僕はもう、一切の機械を拒否することによって、やっと命脈を保っているというのが現状ですから。そう、あのような未来・・・。ああいうふうに未来につないでいくように、一つ一つの困難を克服して人類が生き延びていければいいな、ぜひそうあってほしいなとは思いますけれども。
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■TVシリーズ「ナポレオン・ソロ」 ソロのキャラクターについて
| 矢島 |
ソロのキャラクター。そうですね・・・。「ナポレオン・ソロ」の前に、「バークにまかせろ」という若山弦蔵さんがやっていらしたシリーズがありました。これが非常に洒脱なバークだったわけです。翻訳家も篠原慎さんという「ナポレオン・ソロ」を翻訳された方と同じ方なんです。ですから、いわゆる「オネエ言葉」を使うということを、「バーク」がまず確立したわけですよね。ですから、「ナポレオン・ソロ」が始まったときに、まったく同じ文体のせりふがきたわけです。
それをどんなふうに僕がやったとしても、これは若山弦蔵さんの亜流にならざるを得ないかなという、そういう危惧がまずありました。だから、バークとは違う、あくまでもロバート・ヴォーンの「ナポレオン・ソロ」ですから、ロバート・ヴォーンとマッチしたオネエ言葉を言わなければならないと思いました。
最初に単純に考えたのは、若山さんの低音の魅力に対して、僕はなるべく頭部共鳴、顔面共鳴を使って、できるだけ高いほうの声を主体にして。それで、彩として低音をちょっとずつ加えていこうと。そういう声の上の発想が、まず第一にありました。
あとは、これは吹き替えの原則ですけれど、ロバート・ヴォーンの演技のリズムをどうやって?むか。どうやってロバート・ヴォーンについていくかということですよね。それが言ってみればすべてなんですけれどね。たまたまロバート・ヴォーンが本来持っているひとつの生理的なリズムといいますか。そういうものは、割と僕の持っているリズムと似ているんですね。だから、非常にやりよかったですね。ウィリアム・シャトナーと対比すると、ヴォーンのほうが自然体でやれました。ウィリアム・シャトナーの場合は、ひとつ気張って、「よし、違う自分を演じるぞ」という気持ちを持つというか。そういう違いがあったと思います。
「オネエ言葉」は、新しさを出したかったんじゃないでしょうか。言ってみれば、その前にちょっと西部劇ブームの時代もありましたので「動くと撃つぞ」とか、「なになにだぞ」とか、そういうストレートなせりふが多かったですよね。それを「なになになのよ」と言ったほうが、都会的な洒脱味が出るだろうというふうに、おそらく「バーク」のスタッフが考えた。若山弦蔵さんも一緒に考えた。昭和40年当時では、あの文体は非常に新しい感じがしたんだと僕は思いますね。それで人気が出たんじゃないでしょうか。
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■海外ドラマの魅力とは?
| 矢島 |
やはり何と言っても向こうはアイデア。それも1人じゃなくて複数の知恵を集めるでしょう。原案があって、ストーリーがあって、それでスクリーン・プレイがある。どういうふうにそのシリーズを運んでいくかということに関する長期的な見通しの上に立って、たくさんの頭脳がプランを練り上げていくのだろうと思いますが、その緻密さじゃないでしょうか。そこがやっぱり、海外ドラマの魅力だと思いますね。 |
■声の仕事を目指す方へのメッセージ
| 矢島 |
「声だけだから簡単だわい」、と思わないでほしいなということがまず第一です。声優を志すならば、やはり芝居から入ってほしいと思います。いかにして人間像を自分なりに作り上げていくか。その辺の一つ一つの作業を基礎からきちんと積み上げて、自分で肉体化していくということがまず基本にないと。声だけで入ってくると、どうしてもその辺が抜け落ちてしまうんですよね。
このごろの吹き替えの世界で、芝居の人たちが席巻してきているということは、声優として純粋に育ってきた人たちは何か危機感を感じなければならないと思うんですよね。そういう意味で、新しく仕事に入る人は、やはり基本的人間像をどうやってつくっていくのか。そこのところをがっちりと固めてから入っていただくのが一番いいのではないかなと思います。
|
■矢島さんにとって声優とは?
| 矢島 |
うーん…。声優とは何でしょう…。なぞなぞみたいだな。どう答えたらいいんだろうな…。
声優とは、言ってみれば、僕が一生かかって、これにしかなれなかったものですね。 |