TOP > 作品一覧 > 池田憲章の海外TVシリーズ 検証ファイルSPECIAL > エピソード

ページタイトル

池田憲章の海外TVシリーズ 検証ファイルSPECIAL 名探偵ポワロ/ザ・ムービー対談完全収録版

September(2001年9月号)
名探偵ポワロ/ザ・ムービー 池田憲章×岩井田雅行(対談完全収録)

■「名探偵ポワロ/ザ・ムービー」デビッド・スーシェ=ポワロについて

池田 「名探偵ポワロ・ザ・ムービー」ですが、「名探偵ポワロ」の研究書も翻訳され、外国テレビにも詳しい編集者の岩井田雅行さんをゲストにお呼びしています。岩井田さん、よろしくお願いいたします。
岩井田 よろしくお願いします。
池田 「名探偵ポワロ/ザ・ムービー」ですけれど、アガサ・クリスティのファンのうなる出来だという作品です。岩井田さんはご覧になっていかがですか。
岩井田 もう、大好きですね。最近、この「ポアロ」だけではなくて、「シャーロック・ホームズの冒険」や「ミス・マープル」など、それぞれ、これこそベストというテレビシリーズが続々とイギリスから生まれてきてびっくりしています。この「ポワロ」も本当に今までの中でベストと言われているくらい、主演のデビッド・スーシェがポワロにぴったりはまっています。
池田 彼はポワロに当たり役という印象もあるのですが、独自の工夫というか、ポワロのタッチを出すのにスーシェがやった工夫というのもあるのですか。
岩井田 もちろん、デビッド・スーシェという人は二枚目という俳優ではありません。ですから、自分が性格俳優ということで、出る作品、出る作品、全部役が違うのです。一作ごとに凝った役づくりをする人で有名です。彼も「ポワロ」の小説を読み込んで、自分なりに解釈しています。
ポワロというキャラクターは、とにかくいろいろな人に好かれるわけです。身分の高い人から低い人までです。一体、万人に好かれる人というのはどういう人なのだろう、どういう性格なのだろうと考えた末に出たキーワードが、デビッド・スーシェの言葉で「トゥインクル」。きらきら輝くという意味です。要するに、愛くるしいということだと思うのですが、非常にかわいらしくて、きらきら輝いていて、みんながかわいいと思いたくなるようなキャラクターだと思います。
池田 アガサ・クリスティの娘さんとのエピソードもあるそうですが。
岩井田 そもそもこのシリーズが誕生したきっかけというのは、娘さんがデビッド・スーシェの出ているドラマを見て、この人だったらもしかしたらポワロをやらせたらおもしろいのではないかと思ったそうです。そして、以前から交流のあったこのシリーズのプロデューサーであるブライアン・イーストマンに会った際の雑談で、「先日見たデビッド・スーシェがちょっとおもしろくて、彼にポワロをやらせてみたらどうですか」と提案したそうです。そこでプロデューサーは、ちょっとおもしろそうだから、デビッド・スーシェに当たってみようということになったようです。そこから企画がスタートしたということです。

■キャラクター設定について

池田 ポワロを助けるヘイスティングスやジャップ警部などのレギュラー陣がいますが、これはまた原作にないおもしろさもあると思います。
岩井田 全くその通りです。主人公のポワロを始め、レギュラーの登場人物がどれだけ原作に忠実かということでいえば、忠実なところもあるけれど全然違うところもたくさんあります。特にそういう意味でいうと、このシリーズでは4人がレギュラーになっています。ヘイスティングスは、ホームズとワトソンの関係ではワトソンに当たるのですが、ワトソンの場合は必ずホームズの側にいるのですが、原作をご存じの方は知っている通り、全作には登場していません。ジャップ警部も全体の3分の1くらいしか出ていませんし、ミス・レモンに至ってはほとんど端役で、数えるほどしか原作には登場していません。
むしろ、ジョージという人のほうがポワロと一緒にいる機会が原作では多いわけです。それをプロデューサーのブライアン・イーストマンが、テレビの1時間シリーズで毎週やっていくには、やはりレギュラーが必要だ、と。そのレギュラーの関係の中からキャラクターをつくっていくということで、ミス・レモンをとにかく大抜擢して、ポワロの秘書ということで毎回登場させたわけです。ヘイスティングスもワトソン的な役割で毎回登場します。
池田 必ず、女性の被害者が出てくると、優しくフェミニストとして登場します。しかも、後になってポワロが「ヘイスティングス、君のお手柄だ」みたいなシーンが、テレビ的にはおいしい部分です。
岩井田 この作品では、ポワロを演じたデビッド・スーシェ始め、ヘイスティングス役のヒュー・フレイザー、ジャック警部役のフィリップ・ジャクソン、ミス・レモン役のポーリン・モラン、一人一人の役づくりがきちんとできていて、一人一人がみんな魅力的にその役を演じていると思います。だから、見ているほうは、原作と違っている部分がかなりあるのですが、これならいい、と。要するに、納得させるわけです。
池田 じっくり見させる整理劇(推理劇?)みたいなものですね。
岩井田 このシリーズで原作にないところというのは、その4人の関係が非常にアットホームです。その辺を見ていて、雰囲気がよくてさわやかなのです。
池田 そうですね。なかなか普通ですと、ポワロとジャップ警部などは敵対関係になりがちなのですが、お互いの力量を非常に認めているところがあります。
岩井田 その2人の関係を見終わって思うのは、2人はそれでも親友だなというのがわかります。また、ミス・レモンに関しても、ポワロは非常に潔癖で、整理魔で、すべてきちんとしていなければ嫌だという人です。
池田 わかります。秘書としてついたら大変な人です。
岩井田 だけれども、ミス・レモンも、実はそういう役なのです。演じているポーリン・モランが、ミス・レモンはどういうキャラクターだというときに、「私はポワロの鏡です」と言っています。まさにポワロの女性版で、ポワロ以上にきっちりしている整理魔です。せりふはほとんどないのですが、書類整理や、食べ物にしても、毎朝出てくる卵の形がぴったり一致しているものを出すという彼女の雰囲気から、口うるさくてポワロ以上にきちんとした性格の秘書だということが伝わってきます。

■ホワイト・ヘブン・マンションについて

池田 セットも、清潔感のある事務所です。あれが本当によくできています。いかにもポワロの住みそうな、白い壁の部屋だという感じがします。
岩井田 それも原作を知っている人はよくご存じだと思うのですが、原作だとポワロというのは住居を転々と変えているのです。このテレビシリーズの場合は、ホワイト・ヘブン・マンションとなっているのですが、結構、クリスティがいい加減だったのかもしれませんが、マンション名は三つくらい違うのです。ホワイト・ハウス・マンションという名称などもあります。スタッフがその中でどれにしようかということで、ホワイト・ヘブン・マンションに決まったようです。その名前をとって、このシリーズはホワイト・ヘブン・マンションにずっといるという設定にしてしまっているのです。
池田 いわゆる、ホームズのベーカー・ストリートのような形ですね。

■時代設定について

池田 時代設定も非常に印象的な作品です。
岩井田 これもテレビシリーズの場合は原作を離れて、1936年という時代に設定しています。もちろん、原作は1920年くらいからクリスティが亡くなる1970年代までずっと、約半世紀にわたって書かれています。クリスティはその辺、詳しく描写しません。これは何年の出来事だったとは、あまり書かないのですが、一応、それぞれ発表した年代が背景にはなっています。
だけれども、そういうことでやっていくと1920年代もあれば60年代もあって大変なので、これはどんな話でも、原作が60年代に発表されたものでも、全部、1936年という設定にしようと決めました。1936年という時代は、第一次大戦が終わって、もうすぐ第二次大戦が始まるという間で、非常にモダンというか、しゃれたポップな感じのファッションとかスタイルがはやった時代なのだそうです。
池田 自動車や機関車なども、ホームズのものよりももっと現代的な、パキパキした感じですよね。
岩井田 ちょっとSFっぽい感じもあります。白と黒を基調とした、しゃれた感じ。その時代のおしゃれ、流行の先端を、ポワロの部屋に取り入れているわけです。
池田 なるほど。事件なども、戦前の、ある種19世紀が残っている、ちょっと不思議な雰囲気があります。ビクトリア調のホームズとはまた違う、現代的な非常に苦い人間たちというか、金持ち階級や政治家たちのどす黒い部分などもよく出ています。
岩井田 その辺はプロデューサーたちの勝利だと思います。要するに、キャラクターがまずよくて、1936年という時代にちゃんと設定し、その時代の事件や出来事というのは、よく見ていればわかると思うのですが、随所に出てきます。そこで1936年だということを強調しています。一方で、ドイツではこれからナチが台頭して第二次大戦に突入していく。だけれども、芸術的にいろいろなものが、19世紀から20世紀に新しくなって、飛躍的にすべてのものが新しくなって、20世紀という未来、近代的なものが花開いた時代です。
池田 価値観が揺れている時代です。
岩井田 そういう雰囲気が、背景や美術、セットに生かされているのです。
池田 ミステリーファンからいわせますと、この時期はちょうど江戸川乱歩の明智小五郎が東京を舞台に活躍していた時代なのです。そのあたりは、ふーん、と感心しました。
岩井田 まさに、1936年に設定したということと、ポワロ以外3人をちゃんとしたレギュラーとしてつくった、そして、一人一人がきちんとした役づくりをしたというところが、このシリーズの最大の魅力であり、成功した点だと思います。原作とはそこが離れているのですが、見ている人たちが納得したというか、説得させられて、これならおもしろいと感じた。それがこのシリーズの一番成功したところだと思うし、魅力だと思います。

■「ポワロ」映像化について

池田 「スタイルズ荘の怪事件」がありますけれど、あの作品は何かエピソードがあるのですか。
岩井田 これはまだにクリスティの処女作であり、「ポワロ」の第1作です。今回、放送される中にももちろんあります。これは、クリスティの生誕100年、ちょうど生まれて100年目の日にイギリスで放送したのです。それまで「ポワロ」は短編をもとにして1時間エピソードで撮っていたのですが、「スタイルズ荘の怪事件」だけは長編ということで、2時間作品としてつくられたのです。
池田 いわゆる、大型化のきっかけになった作品でもあるわけですね。
岩井田 でも、最初からたぶん意図していたと思います。プロデューサーは「ポワロ」を全作映像化するという意気込みでつくり始めたということです。たしか、全部で長編が33作、短編が56作あるのです。ですから、全部やると90作近くあるわけです。そうすると、今までの放送本数からすると、まだ半分くらいです。まだ、半分、映像化されていないものが残っているわけです。
池田 それでは、原作ファンとしては、まだまだ楽しめるわけですね。
岩井田 ただ、そこまで役者の皆さんが元気で活躍してくれるかどうかというところだとは思います。一度、僕が翻訳にかかわって、求龍堂から「名探偵ポワロ」という本を出したのですが、その本を出した段階では、94年にイギリスで一たん放送がストップしているのです。45話まで放送したところでストップしたので、もしかしたらこのままつくられないのではないかと思ったので、その本には、そこで終了していると書いてしまったのです。しかし、その後、5年のブランクがあって、99年に制作が再開されました。日本でも去年の暮れにNHKで2本放送されましたが、もう1本、まだ未放送があります。イギリスではことし初めに放送されました。要するに、5年間ブランクがあっても、ちゃんとつくっているわけです。
池田 淡々と始まるわけですね。
岩井田 だから、スタッフにはやめる気はないと思います。「ポワロ」の最後の事件、いわゆる「カーテン」まで、もしかすると頑張ってつくってくれるかもしれません。
池田 いかにもイギリス作品の手ごたえといった感じです。
岩井田 こちらも「ポワロ」シリーズは大好きなので、是非とも、俳優とスタッフに頑張ってもらって、全作映像化してもらいたいと思います。
池田 ポワロの部屋と同時に、ジャップ警部の家などもたまに出てきますが。
岩井田 これは非常に裏話としておもしろいのです。ポワロの部屋というのは永久セットでちゃんとつくられています。それも非常にモダンな感じでしっかりつくられていて、そこに住めるくらいに組まれているのですが、ジャップ警部の部屋は、実はセットがありません。ジャップ警部の部屋と思わせるのは、いつも彼の後ろに置いてある黒い扇風機一つなのです。あれがジャップ警部の部屋だということをわからせる小道具なのです。だから、そこでも、現場だろうとどこだろうと、後ろの窓や背景がどうなっていようと、机を置いて後ろに黒い扇風機を一つ置くと、そこがジャップ警部の部屋なのです。
ポワロの部屋というのは毎回見ていても同じだというのが出てくるのですが、ジャップ警部の部屋というのは、毎回注意をして見ていると、間取りや後ろの窓や壁が全部違います。全部違う場所で撮っているのです。
池田 家に行って「紅茶を一杯」と飲んでお断りするカットがあるのが、すごく、いかにもポワロだなという感じがします。
岩井田 その辺は、まさにジャップとポワロがいかに違うかということです。
池田 スコットランド・ヤードの、安い刑事の生活という雰囲気が漂うあたりが楽しいです。
岩井田 ちょっと貧乏くさくて、いろいろ細かいことに無頓着で。いかにもサラリーマンの刑事さんという感じがします。
池田 たまに置いてある人形が、全然サイズが違うので、ポワロが困って並べかえようがないというあたりが出てきます。
岩井田 この辺はスタッフとみんなで考えた結果だと思います。これも全然原作にない味ではないかと思います。
池田 映像ならではのおもしろさです。

■日本語版について

池田 日本版の声もすばらしい作品ですが、熊倉一雄のポワロはいかがですか。
岩井田 最初に聞いたときはびっくりしました。二カ国語で英語のほうを聞いてもらえればわかるのですが、もとの人の声と、熊倉一雄さん始め、ほかのキャストの方も違うのです。でも、雰囲気は非常によく出している。それに、もともとポワロはベルギー人という設定ですから、ベルギーなまりの英語をしゃべっているわけです。非常に癖のあるアクセントでしゃべっていて、そこにフランス語を交えてしゃべるというのがポワロのしゃべり方です。その雰囲気をちゃんと楽しむには原語で聞かないとわからないわけです。だから、熊倉さんの日本語というのは、実は全然ベルギーなまりなどということは何もないのだけれど、聞いていて、いかにもちょっと片言の癖のあるしゃべり方をするという雰囲気が出ていて、見事です。
池田 その裏にインテリジェンス、知性が見え隠れするあたりが名演だと思います。また、ヘイスティングス役の富山敬さんは、「グレート・アメリカン・ヒーロー」など、いいライナーの作品がたくさんあるのですが、富山敬さんにとっても、これは、代表作の1本ではないかと思います。
岩井田 ジャップ警部やミス・レモンの声をやっている方たちもそうだと思います。ほかの作品で聞いていて、イメージがついているキャラクターとは違うと思います。ジャップ警部の坂口さんという方も、どちらかというと骨太の声だから、悪役や老人の声が多い人です。しかし、これだとちょっとコミカルな感じがします。
富山敬さんも、もっと明るくてハキハキした感じなのですが、ヘイスティングスは、インテリジェンスは感じさせないけれどもばかではない。しかし、育ちのよさを感じさせて、ポワロの陰になり、ポワロの代弁者になって視聴者にポワロの考えていることを説明する役割です。そういうサブの役に回ってちょっと抑えた感じの声で雰囲気を出しているのは、富山さんにとっても、今までの普通の声とはちょっと違うのではないでしょうか。
池田 いわゆる、地が出ている部分があるのではないでしょうか。ヘイスティングスというのは生一本で、逆にフェミニストで、女性を見ても恋愛感情というよりは騎士道のにおいが見え隠れするところが、1936年の設定にぴったりです。気のいい軍人さんというのが、ポワロの助っ人として脇についているあたりが人物配置としても見事です。熊倉さんの深みのある声とのやりとりの部分で、富山さんも安心してヘイスティングスの役を演じていると、見ていて思います。
岩井田 これは本当に、日本語版のキャストに関しても、オリジナルの作品でデビッド・スーシェなどをキャスティングしたスタッフと同じくらい、ピタリと、よくこういう役者をそろえてくれた、という感じがします。
池田 しかも、イギリスの政治家や上流階級の人間などのゲスト配役についても、なかなかおいしい人たちを持ってきています。
岩井田 その辺が、海外ドラマを声優さんで楽しむ人にも、こたえられないシリーズだと思います。
池田 しかも、最後に一堂に会して、ポワロが一つ一つ論理的に追いつめていくところの見せ場、せりふ劇としても一級品の作品です。
岩井田 ただ、残念なことに富山敬さんはお亡くなりになったので、昨年、NHKで放送した最新作では、声が安原義人さんに交代していました。これから放送される作品は安原さんの声ということになります。最初に放送されたとき、僕もうっかりそのことを忘れて見ていて、気になりませんでした。
池田 安原さんも「タイムマシンにお願い」などでスコット・バクラ演じるサムのユーモラスなタッチを陽気にやる方です。いわゆる、ライトタッチな声の質の方です。
岩井田 そういう意味ではちょっと富山さんに似ています。若くて明るくてハキハキしていて、どちらかというとちょっと三枚目的な声などをやらせると抜群にうまい人です。ちょっと中年で落ちついた感じ、表だってインテリジェンスは感じさせないけれど、品のよさとある程度の頭のよさを感じさせるヘイスティングスというキャラクターをやるのは、おもしろいですね。
池田 事件が終わった後に、ポワロとジャップ警部とヘイスティングスたちが、喜んで帰って行くのではなくて、ある重荷を背負って淡々とおさめていくあたりの日本語版も非常にいいムードで、ホームズと好対照です。

■イギリスのテレビについて

岩井田 ホームズも、ジェレミー・ブレッドの「シャーロック・ホームズの冒険」も大ヒットした作品ですし、今まで演じた中でこのホームズが一番いいと、ほとんど世界中のひとが認めています。あの作品もまた原作と違ったところもたくさんあるのですが、非常にいい作品です。あちらもキャスティング、日本語版とも非常によいものです。
まさに、同じ時代にホームズから、ポワロのほうが5年遅れでイギリスではスタートしているのですが、両作品がイギリスで同じ時期にオーバーラップして同時期に放送された時期が何年間かあるわけです。同じ時代に傑作が2本、正確にいえば「ミス・マープル」もあるので、3本、それぞれイギリスを代表する名探偵3人の傑作シリーズが生まれたということが、すごく奇跡的ですね。
池田 横を「ホームズ」があのレベルで走ると、やっぱり「ポワロ」としても負けていられないというスタッフの気力が奮い立つのではないでしょうか。
岩井田 全くその通りです。おもしろいことに、全部制作会社は違うのです。「シャーロック・ホームズ」はグラナダテレビで、「ミス・マープル」はBBCなのです。「名探偵ポワロ」はロンドン・ウィークエンド・テレビジョンです。違う会社でそれぞれつくっているからこそ、他局には負けられない。よそのつくった代表作に負けないものをうちでもつくってやろうという、そういう意気込みがあって生まれたのではないかと思います。
池田 この8本の「名探偵ポワロ・ザ・ムービー」は、ロングバージョンの見ごたえある作品ばかりですが、この作品のおもしろさというのはどこですか。
岩井田 どれも粒ぞろいですし、どれがよくてどれが悪いというのは個人的には言いたくないのです。基本的に原作が長編のものはちゃんと長編バージョンでつくるということでつくられていますので、今回放送されるものは全部原作が長編作品なのです。それ以外の1時間シリーズは短編作品です。
こういう原作小説のあるものをテレビ化する場合、昔は1時間で2週にわたって、3週にわたってと分けていました。しかし、今のイギリスのテレビでは、有名な「モース警部シリーズ」というコリン・デクスターの作品と、もう一つ、「刑事タガート」というのが80年代半ばからスタートして現在も続いているロングランの刑事ドラマです。これは1回の作品を2時間ないし2時間半で放送しています。
要するに、「モース警部」は原作が長編しかないので、これを映像化するときに、今までのように1時間で何回かに分けるのではなくて、2時間枠で映画のようにつくった。これが大成功したために、「タガート」も2時間ないし3時間枠で一挙に放送して、年に2〜3本しかつくらないのです。「モース」もそうです。そのために、それ以後、イギリスでは、原作のある長編ものというのは、テレビの1回だけのシリーズものであっても2時間でつくるというスタイルが定着してしまいました。
池田 「ポワロ」の場合、特にアリバイ崩しみたいなものがありますから、当然、1本で見たほうがおもしろいわけです。
岩井田 1時間シリーズだと、まだイギリスの場合、1年につくられる本数は少ないので、10話もつくられれば多いほうです。しかし、長編をつくるとそれだけ時間もかかるので、長編だけつくってしまうと、イギリスでは年に2本か3本しかやってくれません。
池田 映画並のスケジュールです。
岩井田 日本で放送するときも、忘れたころにNHKが放送するのです。イギリスでも、ブランクをあけて1本1本丁寧に、2本か3本くらいをじっくり映画並につくって、それをまた1年か2年かけて放送するという、非常にスタンスが長くゆったりとしています。見てくれる方にもちゃんと見てくださいという形で放送しています。
池田 まさに手づくりで映画並につくられた作品を8本、名作選という形で楽しめるわけですね。
岩井田 どれも原作が長編の傑作ばかりです。どれか1本ということであれば、クリスティーの生誕100年につくられた「スタイルズ荘の怪事件」です。これがクリスティーの処女作であり、「ポワロ」シリーズの原作の第1作です。この作品でポワロとヘイスティングスが出会うのです。その辺のことを考えて、「スタイルズ荘の怪事件」を見てもらうといいかもしれません。
池田 ありがとうございました。

■「灰色の脳細胞」について

池田 「名探偵ポワロ」といえば、原作の中でも非常に特徴のあるキャラクターだとクリスティーが書いています。
岩井田 でも、クリスティーというのは、意外と、ポワロを始め、登場人物を詳しく描写しないということで有名なのです。しかし、ポワロは主人公ですから、いくつか特徴的なことが書いてあります。身長は170センチに届かない、160センチちょっとぐらいです。顔は卵形。話すときや歩くときは常に首を左側に傾けています。鼻が大きくてひげがあって、ひげの先がちょっとカールしている。そして、腹が出ている。非常におしゃれだということです。
この辺の特徴は随所に出てきますので、これから想像するイメージでポワロ像ができると思うのですが、デビッド・スーシェがこの役を演じたときに、これならできると思ったのは、卵形の顔ということと身長が低いということです。そして、もう一つ、頭がはげ上がっている。この辺の特徴で、外見的に自分ならできるだろうということで引き受けたらしいのです。ただ、やはり、体型だけはそれほどでっぷりしていないので、デビッド・スーシェのおなかや体にいろいろなものを詰め込んで、太った感じを出しているのです。本人はあれほどデブではないのです。
池田 「灰色の脳細胞」というのも、ポワロの代名詞ですが。
岩井田 まさにポワロが自分で「私の灰色の脳細胞が」とか、事件のヒントを得たときや犯人を推理するときなどに「私の灰色の脳細胞が動き出した」とか、「灰色の脳細胞がこう言っている」と、口癖のようによく言います。具体的に、「灰色の脳細胞」というのはどういうものかと思うのですが……。それだけ自分の頭は、推理力に人にはないすぐれたものがあるということでそういう言い方をするのだと思います。
池田 ホームズの「初歩的なことだよ」という名せりふへの対抗なのでしょうが。
岩井田 そういう意味では、ポワロの名せりふです。要するに、「犯人はおまえだ」という言葉以上に「私の灰色の脳細胞が」と言ったときに、読者あるいはテレビを見ている人も、そこでどきどきするわけです。
池田 ポワロ、見抜いたなというところですね。

■制作スタッフについて

池田 この「名探偵ポワロ」のスタッフというのは、どういう人たちなのですか。
岩井田 まず、企画と制作、プロデューサーはブライアン・イーストマンです。この人は80年代半ば、大体85年くらいからプロデュースを始めた人です。テレビはもちろん、映画もプロデュースをしています。アメリカ以上にイギリスというのはテレビと映画の垣根がないので、俳優も監督も脚本家もプロデューサーも、テレビもつくれば映画もやるというのが当たり前です。
イーストマンというのはプロデューサーでデビューしてから15年くらい経っているのですが、この間にテレビシリーズを15本もつくっています。ですから、ほとんど1年に1本、新作をつくっているのです。その間に映画も8本つくっています。日本で公開された映画の中で一番有名なのは、アンソニー・ホプキンス主演の「永遠の愛に生きて」。あの作品がイーストマンのプロデュースです。また、テレビシリーズで日本で放送された作品に、「バグス ハイテクスパイ大作戦」があります。あれがイーストマンのプロデュースです。
池田 そういう現代的なタッチもできる人なわけですね。
岩井田 というよりも、むしろ、「ポワロ」のほうが彼の作品の中で異色なのかもしれません。とにかく、いろいろなものをつくっています。
池田 監督陣はいかがですか。
岩井田 監督もいろいろな人が監督をやっていますが、ジョン・ブルースという人は、「シャーロック・ホームズの冒険」を撮っている人です。ブライアン・ファーナムという人は、「バグス ハイテクスパイ大作戦」の監督をやっています。この人は日本でも大ヒットした「特捜班CI5」の演出をしている人です。
また、結構メインで撮っているエドワード・ベネットという人がいます。この人もアクションやミステリーが得意な人で、3人の女性が活躍するアクションシリーズの「キャッツ・アイ」などの作品を撮っている人です。最近は、日本では放送していないのですが、ミステリーファンならよく知っていると思いますが、レジナルド・ヒルという作家の「ダルジール警部シリーズ」、日本でも翻訳はほとんど出ています。これが今、イギリスで放送中なのですが、このメイン監督を務めている人です。
池田 カメラマンでおもしろい方がいるということですが。
岩井田 ノーマン・ラングレーという人です。映画も撮ればテレビも撮るというカメラマンなのですが、アメリカとイギリスを行ったり来たりしている人です。イギリスでは70年代くらいからカメラをやっていて、「ロンドン特捜隊スウィーニー」や「特捜班CI5」などを撮っていた人です。映画では、「ジョーズ3」などです。また、「インディ・ジョーンズ3」ではカメラオペレーターをやっています。さらにアメリカのテレビシリーズでは「LLO」や、最近エミー賞を取って話題になっている「ザ・プラクティス」のシリーズでカメラをやっているのです。そういう人が「ポワロ」のカメラをやっているのです。
池田 「スウィーニー」と「CI5」というのは、イギリスの現代アクションもの、ポリスアクションの流れを変えたとまでいわれている作品です。そういう人たちが、1936年の、イギリス人のだれもが知っているポワロを、まさにプロフェッショナルにつくっているわけですね。
岩井田 イギリスの監督や脚本家を見ていると、全員プロフェッショナルという感じがします。「ポワロ」もそうですし、「ホームズ」も「ミス・マープル」もそうですが、どれも甲乙つけがたいです。特にこの作品がつまらないということはなくて、どのエピソードも水準が高いものです。監督が何人もいて違っているのに、みんなそのレベルで撮るということは、イギリスの監督たちのレベルが非常に高いのではないかと思います。
池田 逆に、ぜひこの作品を楽しんでいただいた後で、原作の「ポワロ」や「ミス・マープル」の時代、1930年代を舞台としたイギリスのミステリーを読んでいただきたいと思います。
岩井田 ただ、原作を全然読んでいない人が、このテレビシリーズの「ポワロ」を見て原作を読まれると、大分イメージが違うのではないかという気がします。
池田 それは横溝正史の「金田一耕助」もそうですから。
岩井田 これは別にけなしているわけではないのですが、原作がすばらしいのはもちろんなのですが、このテレビシリーズの脚色の仕方が非常にうまいので、原作に一番近いと、だれもが、これが一番原作に忠実なのだといいます。細かいところを見ていくとかなり違うのですが、テレビ用にうまく脚色されているのですが、やはり出来がすばらしいので、納得してしまいます。
池田 ポワロの出方がすばらしいです。毎回毎回、頭からポワロが出てくるわけではなく、事件に不思議に絡んだ形でポワロが登場してくるという、1本1本のポワロの出し方も、実に見事だと思います。
岩井田 このシリーズのメインライターをしているクライブ・エクストンという人は、もう70歳近いはずです。
池田 ベテランライターなわけですね。
岩井田 60年代初めから脚本を書いている人で、この人もテレビや映画で山のように書いています。映画では、有名なところだと「裸足のイサドラ」という68年に公開されてアカデミー賞にもノミネートされた作品があります。また、アーノルド・シュワルツェネッガーの「レッドソニア」、リチャード・アッテンボローでかなり話題になった、殺人鬼の「十番街の殺人」など、いろいろと一風変わった映画のシナリオを書いています。
テレビシリーズでは、クリスティーに並ぶミステリーの女王といわれ、60年代にデビューした、ルース・レンデル。日本でも彼女の「ウェクスフォード警部警部シリーズ」の翻訳が出ているので、ご存じだと思います。やはり、80年代から90年代にかけてイギリスでドラマ化され、非常に話題になって、日本でもビデオで出ています。このルース・レンデルシリーズのメインライターでもあるわけです。
池田 それで見込まれたわけですか。
岩井田 というよりも、60年代からたくさん書いていて、この人に任せれば安心だということでしょう。この人がシリーズの最初と長編作品のメインのものを書いています。
池田 複雑な人間模様が出るので、ある種、ベテランにということでしょうか。
岩井田 たぶん、この人がスタッフの中では一番年寄りで一番ベテランだと思います。
池田 ありがとうございました。